書評03『見えない音、聴こえない絵』大竹伸朗著/『異郷の陽だまり』野見山暁治著

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(2023年2月12日号掲載)

2006年10月、東京都現代美術館での「大竹伸朗全景1955―2006」展。観に来ていた人たちはまるで別の世界に誘われたようにみんな興奮していた。屋上には本物の「宇和島駅」の電飾ネオンが光り、企画展示室の3階から、氏の6歳から作ったもの、日記、貼り絵などから時系列に全館を使って展示された作品2000点。私はとても一日では見切ることができなくて二日間かけてやっとの、前代未聞の美術展だった。その日の日記に【全フロアの作品群に圧倒され自分の生業をやっていくなかで、突き詰める、そして中身を問うという意味でも大竹伸朗氏の展開力は自分にとって大事な存在である。】と記している。その「全景」展の前後に大竹さんにまとわりついた創造への衝動や気配を言葉に置き換えて書かれた著書『見えない音、聴こえない絵』(ちくま文庫)がこの度文庫化され発売になった。

私は美術館に行って、一つ一つの作品を理解しようと観ているわけではない。ゆっくりと歩き回って観ているのだが、何故か足の止まる作品がある。その時はその作品への集中力を高め、時間をかけて観る、そして自分の中のどの部分が反応して囚われたのかを考える。対象がいかに難解であってもそれが私の嗜好といえるものなのだと思っている。本や映画を選ぶ、また好きな音楽を聴く感覚も同様である。そして無数のそうした作品の中で足を止め直感的にチョイスしたものによって、自分を知り、己の個というものを意識するのであろう。

今、色んな分野で影響力のある若いトップランナーたちの中で大竹さんの作品のファンが増え続けている。それは彼の創作に向かう姿勢と膨大な質量の作品への説得力が個々に訴えかけるからであろう。理解し難い作品であっても彼らの感性がそこに本物を嗅ぎ分けるチョイスをして「大竹さんは格好良い」という表現をして自分たちの活動の原動力にしているように思える。美術、絵画などをただ鑑賞するのでなく生き方や生活の励みとして取り込む新しい芸術へのアプローチが始まった。

大竹さんは画家であり美術家なのだが、彼こそはアーティストと言われるのが相応しい作家の一人だと思う。氏の圧倒的な作品と迫力は接した者の心を揺さぶる。そこには説明できない孤高があり、懐かしさを持った根源的なものがある。私は妻と北海道の別海、瀬戸内海の直島、常滑での「焼憶」展、水戸の「ビル景」展などにも作品と向き合うために時間に余裕を持って観に行ったが、展覧会に関わった地元の方々とか道案内をしてもらった人たちのことを作品と一体化して思い出す。その全てが大竹さんの世界に包まれているような気がして贅沢な美術の旅をさせてもらった。東京国立近代美術館で「大竹伸朗展」が(*2023年)2月5日まで開催されている。

画家、野見山暁治102歳。

〈あれからかなりの歳月がたつ。もう一度、あのしじまに立って、今の自分を見つめてみたい〉

氏の創作意欲は、命は使う時に(つまり生きている時に)使わねば意味がない、と言わんばかりである。私が野見山さんの著作に触れたのは、アート系の書店で手にした『四百字のデッサン』であり、それから絵画展にも行くようになった。絵の見方がわからない私にその著書から具象と抽象の違いを言葉でわからせてくれたりもした。

氏の展覧会で会場に入った瞬間に、いつも目に飛びこんで来るのは「青」の色である。透明で哀しくて明るい、痛切、諧謔(かいぎゃく)、果てしのないブルー。それは野見山さんの遠近メガネを通して書かれた多くの著作にも感じる。

一冊にしぼりきれないが、ここでは『異郷の陽だまり』(生活の友社)を取り上げたいと思う。リアルで執拗な観察と表現をもって書かれた戦争、パリでの交友録、無言館、震災、鎮魂、生と死……。

〈ぼくは他愛のない顔のまま年をとった。経験を見事に刻みこんだ老人もいるが、ぼくは幼い顔立ちのまま萎びてきている。/結構だ。このまま生き続ければいい。生、そのものがイルージョンだと、今は思うようになった〉

野見山暁治氏が生きてこられた百年は、日本の百年の時代のきれぎれを線でなく面で捉えた、あくまでも私的な、キセキの追想の記録でもある。

【書評について】2022年10月から『サンデー毎日』の書評「遠回りの読書」を担当して、2025年4月20日号で18回目を迎えました。この度、広く皆様にお読み頂きたく、毎日新聞出版社のご厚意によって原稿を転載させて頂けることになりました。4月から毎月1回の更新でnoteに「書評」として投稿致します。ぜひご覧ください。

(*紹介した本からの引用は〈 〉になっています)