2018年 ドラマ「この世界の片隅に」この夏の日々を思う

連日の猛暑の中、オープンセットに実物大に作られた井戸の前に座っている。季節は冬のシーン。私の前を冬衣装の径子さんが走り抜ける。テストから全力の走りを何度も繰り返す、尾野真千子さん。引き返して私、爺ちゃんの前に来た時は額には玉の汗、息切れも本物である。

物語を撮っているのは無論のことだが、監督、スタッフはその生きている人間の汗、命の営みを繰り返して撮っている。生きている人間はうまく、きれいには割り切れない。その割り切れない奇数がために、俳優も監督スタッフも身体を使い削る。すずさんたち女の人たちの心の動き、日常生活を全9話、約10時間の放送で、撮影はこの夏の途方もない時間とディレクションの作業の背後がある。生活を生活者の細部を描くということは、その映らなかったものも含めた、俳優、スタッフ、制作者たちの時間と作業の賜物である。そうして、私たちは見知らぬ世界を、そして見知らぬ他者を知る。この作業と労力が、エンターテイメントとしてのテレビドラマが作品と呼ばれていくもののすべてだと思う。

台本の現代編に香川京子さんの名前を見た時は驚き、そして喜びと同時に、このドラマをより緊張感を持って演らねばと思った。小津安二郎、黒澤明監督らの映画のミューズ、香川京子。私も映画で一度共演させてもらいました。その品格と静けさ。ドラマ「この世界の片隅に」における香川京子さんのリアルな身体性と存在は、あの時代を、戦中戦後を実際に生きてこられた人が登場することでドラマにより深い真実味をもたらす。

この暑い夏の日々に、「この世界の片隅に」をこのセットの片隅で、あの時代を生きた人たちへの畏怖と敬意を持って懸命にドラマに捧げるスタッフと共演者を私はリスペクトし、一員であることを誇りに思う。