書評14『つげ義春が語る 旅と隠遁』つげ義春著/『日本鉄道廃線史』小牟田哲彦著

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(2024915日号掲載)

漫画家つげ義春がまた光を放っているようだ。先年、フランスで国際的な漫画賞を受賞したという。

昭和の時代、演劇に懸けていた若い私は新宿駅のプラットフォームの下にある荷物集積場でアルバイトをしていた。だから毎日、隣のプラットフォームを行き交う乗客の足ばかり見ていて、高層ビルが建ち始めた新宿のこれが一番下の目線からの景色なんだとフッと想ったりして眺めていた。

そんな私の周りの演劇、絵画、音楽に関わる若者たちもみんな貧しかったが、誰もなんとも思わない一途な時代のふくらみがあった。その頃、ブームになっていたつげ義春の漫画の世界に惹きつけられたのは多分私たちが感じていた時代の気分を彼の描く作品に重ねていたのであろう。

『つげ義春が語る 旅と隠遁』(筑摩書房)は、過去50年間の対談やインタビューを集大成したものである。聞き手、対談は深沢七郎(作家)、川本三郎(文芸批評家)、高野慎三(ガロ編集者)諸氏。

漫画作品の背景である旅、生活、文学、趣味、哲学そして自身の近況など、多岐にわたって、つげ義春の驚くほどの知見と記憶が語られ、また引き出された全編「つげ式」の一冊である。

作家として作品を描く作業では、実際はリアルな旅と生活のことでも自分の空想を交えて、虚の世界をはめ込み、あたかも本人しか行けないような場所や旅を創り出しているのだ。

現在、87歳になられたという。「多少貧乏しても気楽に生きたい」と言い放って社会から、そして自分自身からも解放しようとし続けたつげ義春の生き方は常人には計り知れない、なにかにとり憑かれた凄みのあるものなのではと私には感じられた。

団塊の世代にとって漫画はずっと形を変えながらそばにあった。つげ義春の漫画に触れて50年、その作品はあの時代が生んだ異形の傑作なのかと思っていたが、30年ほど前に買って手元にある『無能の人』『隣の女』(2冊とも日本文芸社)、『リアリズムの宿』(双葉社)の漫画作品集を本書と同時に読んでいると、やはり時代を超えた懐かしさと不思議な魅力があり、味わい深い時間を愉しむことができた。

もう作品は描いていないが、こうしてまたブームが来ているのは、日本の原風景が描かれた漫画とともに、つげ義春自身が確固とした芸術家として在るからであろう。

私たち若者の誰もが受け入れていたあの昭和の貧しさという(めぐみ)から今や遠ざかっていて、大事なことはもう忘れているのではという不安からのつげ義春への憧憬があるかもしれない。

そしてパートナーであった亡き夫人の藤原マキさんが描かれた漫画『私の絵日記』(ちくま文庫)がなんと1982年の出版から40年経ってアメリカでのマンガ賞を受賞したという。ここにきてつげ義春の周辺で何かが起こっている……。

その彼の旅を思い、全国に張り巡らされた日本の地方鉄道の実態を知りたくて『日本鉄道廃線史』小牟田哲彦著(中公新書)を読んで驚いた。

皆さんはご存知でしたか、「ヨーロッパ各国では2017年頃から、環境負荷が大きい航空機での移動を『飛び恥(フライト・シェイム)』と表現し、」一度は縮小傾向だった夜行列車が復活しているそうだ。しかも、フランスでは昨年「環境保護を理由として『高速鉄道で2時間半以内で代替輸送できる短距離航空路線は運航禁止』という法律が制定された。もしも日本で同様の法律が成立したら、東京〜大阪間や大阪〜福岡間は航空便がなくなり新幹線移動が最速の交通手段となる」。

この夏の異常な暑さ、気候変動危機と限られたエネルギーを考える時代になっている。

民営化によって利益追求のためズタズタにされている鉄道網は、自動車で代替されてきたが、少子化とドライバー不足、私たちの世代が免許証返納する時期にもなり、便利だとしてきた車社会にも陰りがでてきている。首都圏以外では過疎化の問題もあるがローカル線が地域密着型の鉄道としての役割はないのか。

イギリスでは鉄道に関しては営利を求めた民間から後年に再度国営化に戻ろうとしている。

線路は一度剥がせば、後で事情が変わっても、再敷設はほぼ不可能なのである。

わが国も環境保護と鉄道について思い切った考察が必要ではないだろうか。

【書評について】2022年10月から『サンデー毎日』の書評「遠回りの読書」を担当して今年で4年目を迎えます。広く皆様にお読み頂きたく、2025年4月から毎日新聞出版社のご厚意によって過去に掲載した原稿を転載させて頂いています。毎月1回の更新でnoteに「書評」として投稿致していますので、ぜひご覧ください。

(*紹介した本からの引用は〈 〉になっています)