書評15『老人は荒野をめざす』嵐山光三郎著/『仙人の桃』南伸坊著

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(2024111017日号掲載)

嵐山光三郎『老人は荒野をめざす』(ちくま文庫)。著者の荒野への旅は芭蕉の「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」から始まり「芭蕉の思い出は荒野をめざした日々のことばかり」としている。

本の題名は、本誌で連載されている人気コラム「ボケない名言」の五木寛之氏が一九六七年、当時若者に人気のあった週刊『平凡パンチ』に掲載されていた小説『青年は荒野をめざす』から引用したネーミングである。

その小説発表時、嵐山氏二五歳、私は一九歳であった。著者はものごころがついた頃に、戦後の焼け野原を知り飢えをしのいだ世代。私は戦争を知らない子供たちであり少し若い。あれほどに盛り上がった学生運動も一九七〇年を境にして下火になり、若者たちは散るようにバックパッカーとして世界各地にあてのないひとり旅に出た(私もその一人であった)。それぞれの荒野を目指したのである。

あの時代に五木寛之氏が展開した荒野は、「『一九六〇年代の処方箋』として、若い世代を鼓舞し、挑発した。」

荒野をめざすという言葉が新しかった。経済成長の名の下に、大学も社会もあらゆるものが整然と管理され収まりつつあったが、そんな時代の空気に馴染めなかった若者は荒野をめざした。今となっては、八〇年代から、あのバブル期におけるサブカル、雑誌文化を引っ張ってきた不良中年アラシヤマが生きてきた様を書き記した回顧と思い出の残照、全ての章が私には懐かしさで、今もリアルに甦り覚えていることばかりであった。

「タモリの花道」ではテレビでの成功前のタモリ、ビートたけしたちの芸人列伝と著者自身のテレビの時代。「さらば思い出」の章では新型コロナワクチンやウクライナのことなど時局のことも書かれている。では「お前さんは何者なのだ、と問われるとこれがわからない」「遊びほうけてきた無節操な老人ですよ」と切り返している。

「サーカス的生活」での木下大サーカスのくだりでは、私が子供の頃に見た、まるで空から町の広場に舞い降りたかのような赤い大テント、身震いするほどの記憶が甦った。フェリーニの晩年の映画で、私は現実を生きるよりも思い出とともに生きるのが好きだ、というような言葉があったことをフッと思う。

「さらば週刊朝日」、自身の二六年間の関わり、次第に坂を下りていく老いの悦楽と週刊誌という媒体を愛している気持ちに溢れている。「自分の影につまずく」では編集者として仕事がむやみに面白くて「こなす用件が錯綜してなにから手をつけるのかが判断できない状況に欲情した」。忙しいのは「『苦』ではなく『遊び』だった」と羨ましいほどの絶頂期の時代を書いている。そして赤瀬川原平氏の「『能力が劣化した状態』を『老人力がついたね』と自賛した」『老人力』が流行ったのは一九九八年だから、あれからもう三〇年近くが経ったのだ。この度の嵐山さんの著書では「老残力」と言うらしい。この言葉がヒットするとは思えないが面白いなと思った。しかし著書に書かれているあのような愛と熱情の旅は今はどこにあるのだろうか。私たちのめざした荒野は、実は自分自身の中に広がっていたものだったのかもしれない。

不良老人となった著者が今の老いについて思うところを少し引用すると「無為安楽の老境で、どかりと落ちた山の満月を見るのです。恐るべきは肉体の衰弱で、足腰の痛みにくらべれば、精神の停滞なんて大したもんじゃない」と言い放つのはやはり不良の面目である。

世の浮かれ騒ぎとは決別して、老いを機に自身の過去を一度洗いなおして遠くを見る目を持つことは、意外と重要なことなのではと思った。芭蕉はその長い旅を終えて「夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡」と詠んだ。

嵐山さんと同じ時代を駆けてらした南伸坊さんの『仙人の桃』(中央公論新社)を読んでみた。中国の怪奇伝説、物語を著者独特の解釈をしてイラスト漫画で三〇話くらいを描かれ、それぞれにその解題の文章も書かれている。珍しい本だなと気軽に手を出したが、著書そのものは捻りが効いていて、読み手の想像する力を引き出し、思考する時間が必要であった。読み終えて、もう一度じっくりと読み返して愉しんでみた。この世界感が好きかどうかであるが、私には味わいのある一冊であった。

【書評について】2022年10月から『サンデー毎日』の書評「遠回りの読書」を担当して今年で4年目を迎えます。広く皆様にお読み頂きたく、2025年4月から毎日新聞出版社のご厚意によって過去に掲載した原稿を転載させて頂いています。毎月1回の更新でnoteに「書評」として投稿致していますので、ぜひご覧ください。

(*紹介した本からの引用は〈 〉になっています)