『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(2025年1月5・12日号掲載)
松重豊著『たべるノヲト。』(マガジンハウス)を美味しく読む。
著者の松重さんとは知らない仲ではない。俳優同士として、一緒に多くの心に残る映画、ドラマの作品に関わってきた。しかし、私は共演者としては、誰とでもそうなのであるが、個人的に食事に行ったり、飲みに行ったりすることはない。だからでき上がった作品を通してのスクリーンのなかでの俳優の彼を知っているくらいだった。
そして彼が書いた著書(『空洞のなかみ』『あなたの牛を追いなさい』どちらも毎日新聞出版)で一人の読者として俳優以外の彼に出会った。彼の書くものはエッセイ、小説も軽妙で奥行きがあった。自分のリアルに空想を上手くはめこみ、文筆家としてまた違う顔を見せてくれていた。
松重さんにはこのような表情があるのだ、フームと読者として唸っていたら、今度は彼が脚本も書き、映画監督として会うことになった。彼が十年以上関わってきたテレビ番組を映画化した『劇映画 孤独のグルメ』である。私は当然撮影現場で主演俳優として、また監督でもある彼の両面を見て体験していた訳だが、そこに彼の書いた著作集も頭に浮かび重なり合って、それぞれの松重さんの在りようが繋がっていて見事な方向性があった。
映画はひと足先に試写で観た。昨今の映画にありがちな押し付けがましさがなくて、主人公が一途に食材を求めて行く旅の冒険が、その地に住む普通の人たちとからみ、そこに出てくる食べ物との具合が絶妙で、この映画は久しぶりにあらゆる世代の人たちが楽しんで観られる本来のエンターテインメント作品なのだと思った。
著書『たべるノヲト。』を読むと、この『劇映画 孤独のグルメ』を作るにあたってインスパイアされたというネタがいきなり書かれているのである。映画を観る前に、この本を読んでいくと面白いのでは。そして丁度、お正月明けにおせち料理に飽きてくると、著書の一品、一品は全部で三十品くらい(お粥、固くなった鏡餅の食べ方、焼きそばでなくナポリタンパン、海苔と納豆、ワカメと牡蠣のバター炒め、サバ煮付けの作り方等々)手軽な、なんでもない食べ物なのだが、映画と同様に読んで、「それ……食べたい」を味わえる時期的にもピッタリの文字通り『たべるノヲト。』なのである。
それぞれの食べ物に添えられているあべみちこさんが描いたカラーのイラストは食のシズル感があり素敵で、著者が持つ独自のこだわりで書かれたノヲトとイラスト画との組み合わせが抜群の相性でなんとも美味しさ満載であった。
著者の食への展開は、そこにはいっさいウンチクめいたものはなく、簡潔にして清々しい。そして美味しさへの誘いのなかには、やはり当然、色々な出逢いがあり市井の人たちとの温かい気持ちの交わる景色では胸にジーンと沁みる話も読ませてくれる。一品それぞれに情報としてでなく、そこには物語があり、流石だなと思った。著者は次々と新しい表情を持って表現の世界を横断している。
そういえば、松重さんは猫になった姿(テレビドラマ『きょうの猫村さん』)も見せてくれてもいた。
『猫様』想田和弘著(ホーム社)を思わず買ってしまった。帯文〈「野良猫様の多い街は良い街だ」というのが、僕のかねてからの持論である。〉の言葉に惹かれたのか。
また監察映画という映画があることも初めて知った。その監察映画監督の著者が出した猫様たちの写真集である。写真も良いが書かれている文章も猫を通して人間社会を見つめる目線がナルホドね、と思わせてくれる。
猫は家につくといわれているが意外と人につき、彼や彼女らは自分が家族の一員であると思っているので家族全員の一体感というか「チーム感」が大事なのだと著者は監察者として書いている。わかる、確かにわかると頷きながら、私は単純にウチの猫クンを思いこの本を読んでいたのだが、著書には人間と生きものとの共生という広がりのある世界観があった。
毎日ウチの庭を横切る地域猫の黒猫クンは玄関先に用意したカリカリと水を平らげるが決してウチの猫になろうとはしない。冬の寒さに備えて毛を増やして太り、全力で一人で生きようとしている。
【書評について】2022年10月から『サンデー毎日』の書評「遠回りの読書」を担当して今年で4年目を迎えます。広く皆様にお読み頂きたく、2025年4月から毎日新聞出版社のご厚意によって過去に掲載した原稿を転載させて頂いています。毎月1回の更新でnoteに「書評」として投稿致していますので、ぜひご覧ください。
(*紹介した本からの引用は〈 〉になっています)