ラジオの日「ラジオ深夜便」より

2ヶ月ぶりにラジオの収録で東京へ行った。感染症の広がりがあったが、S村さんと二人きりでスタジオに入り、マスク、衝立を挟んで万全の体制であった。演劇、映画、ドラマ、リハビリ、大切な人たちのこと、近況など。「ラジオ深夜便」は落ち着いた番組だし、私のコーナーは朝早い放送なので、ユックリと静かに丁寧に話を進めるよう心がけた。

この日、倒れて身体に不具合の残ったこの8年の気持を聞かれて、私はこの壮絶な8年間は私の人生に不可避のもので必然であったと、今はこの不条理を受け入れて生きているとマイクに向かって話していた。ここまでの話ができるようになるまで8年かかったということなのだろう。

拙作エッセイ『歌うように伝えたい』も、この時期に書かざるを得ないものであったし、カメラの前に立たせてくださった監督たち、何かが少しズレていたら、まったく違う来し方になっていたろうと思い、一言一言を噛みしめるように静かに話した。
私と同じ病を患われた伊集院静氏、山田太一氏のお二人もこの「明日へのことば」のコーナーにゲストで出ておられていて、この「ラジオ深夜便」の番組が持つ落ち着きが、私を在ろうとする方向に誘ってくれたのだと思った。話している間、私は自分が「変化している」ことを思い、余計にまとっているものを一枚一枚脱いでいく感覚があり自分でも驚いていた。

帰り道、タクシーの車窓から眺める渋谷の外観はこの8年で大きく変わっていて、以前そこにあった建物、風景がマボロシのように浮かんできた。その変わりように、街も人も私も、生きている限り、人が住み動いている限り変わっていくのだと胸が詰まった。
そして、いつかこの感染症が終息し、街に平穏が戻ることを祈り、在るべき日常が戻れば、私はこの大きく変化し続けている街を少し老いたこの身体で存分に歩き回ってみたいとも思った。
その時の自分の気持の変化、在り様を知りたいがためにである……。