書評17『いのちの車窓から2』星野源著/『スバらしきバス』平田俊子著

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(202539日号掲載)

星野源『いのちの車窓から2』(KADOKAWA)。

私が病のことを書こうとしたのは星野さんのアドバイスが大きかった。

あるドラマで彼と親子の役を演った。その時、私は倒れてから初めてダイアローグ(会話劇)としての普通の家族のやりとりができた。病の後遺症に苦しんでいた私は、その居間で過ごした時間のあまりの居心地の良さに、この疑似家族でカットがかからずにこのまま虚の世界に生きていたいと思ったことを思い出す。

彼と私には病による共通の暗闇を抱えていたこともあり、彼の書くことへの誘いは切実なものとなり私の胸に落ちた。

星野源、音楽家そして俳優として虚構の世界で真価を問う生業と普通の実生活の二極を生きる日常。熱狂と静寂、不安と安寧、怒りと優しさ、そして溢れる情感。著書『いのちの車窓から2』には、生きることへの揺れ動く心情とステージに向かう覚悟と悦びが余すことなく書かれている。自分の周りの人たちに、そして表現に対する彼の誠実な姿勢は、この過酷な社会を生きている私たちへの一人の表現者からの大切な伝言なのだと受け取った。

ドーム公演で何万人を相手に歌を届けること、昼も夜もなく曲を作る、演者としてカメラの前に立つ、と同時に自宅のソファで自分の内面との対話を静かに繰り返す、その落差。

〈余計なスリルはいらない。なぜなら私の仕事は働いているだけでスリル満点だからだ。〉と言う一方で、ステージ(運命)が変わるたびに使うエネルギーについては〈その死に物狂いには限界があった。やりすぎると本当に死んでしまうことがわかった〉。何気なく、やわらかく呟く一文は壮絶でもある。面白いことは面が白くなるほどに怖いことなのだと彼は知っているのだろう。そして自分の懸命な創作表現に光があたることを楽しみながら、答えの出ないあいまいな心情にもより深く思考し、自分は誰なのかを問い続けている。

星野さんの書く行為は、私には彼の内面に交差する虚構と実像が混じり合ったグレーゾーンのところを書くことで自分の生きている軌跡を整理し埋めているようにも思える。著者が「いのちの車窓」から眺めた心象の全景には生(ナマ)の星野源の匂いが立ちこめる。それを思いきり嗅ぎながら読んでいていると、彼のあまりの真っ直ぐな心持ちがジワジワと伝わってくる。私の心には温かい光が灯り〈今自分は大切な時間を過ごしているという感覚〉が宿るのであった。

星野源は〈どう思われるかではなく、私は一体、どうありたいのか。その問いだけがあった。〉〈そんな当たり前の今に、私は立っている〉と著書を結んでいる。私はその言葉をかみしめている。

『スバらしきバス』平田俊子著(ちくま文庫)、〈バスは生き物のにおいをさせながら近づいてくるのでたびたびわたしは乗りまちがう〉、詩人平田さん運転のバスの扉が開く。やっぱりこんな人がいるんだ。楽しい、嬉しい。

私もバスが好きだ。病に倒れ、ようやくバスに乗れるようになるまでは一年かかった。東京駅の近くに住んでいたので、自宅マンション前のバス停から晴海埠頭行きと東京ビッグサイト行きの二系統のバス路線があり、その終点である晴海客船ターミナル、またビッグサイトに行き(その頃はどちらも館内はガランとしていた)、そこで歩きのリハビリを繰り返していた。

私は著者のようにバスの乗降客には目がいかないが、バスに乗り車内を見渡し運転席から左列数えて三番目の席に座ると決めている。その席での窓枠の加減で車窓に流れる街の景色を見るのが好きだからだ。釣り人や子供たちが遊ぶ長閑な空き地であった晴海埠頭は、オリンピックの選手村になり、マンション群になったという。あの路線はまだあるのだろうか。私はオリンピックの前に東京を離れたのでわからない。

今も越してきた横浜の家近くのバス乗り場から山下埠頭へのバスが出ていて、元町、中華街などへ行っている(三十分くらい)。

帰り道、横浜は坂が多いので景色が抜けた時は空があかね色に染まり、遠くに丹沢山系に落ちる夕日が美しく、車窓に映る景色に浸る。バスに乗っている人たちみんながその夕景に息を呑んでいる。そんなスバらしいバスのひとときに出会うと私は至極幸せな気持ちになるのである。

【書評について】2022年10月から『サンデー毎日』の書評「遠回りの読書」を担当して今年で4年目を迎えます。広く皆様にお読み頂きたく、2025年4月から毎日新聞出版社のご厚意によって過去に掲載した原稿を転載させて頂いています。毎月1回の更新でnoteに「書評」として投稿致していますので、ぜひご覧ください。

(*紹介した本からの引用は〈 〉になっています)

書評16『たべるノヲト。』松重豊著/『猫様』想田和弘著

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(20251月5・12日号掲載)

松重豊『たべるノヲト。』(マガジンハウス)を美味しく読む。

著者の松重さんとは知らない仲ではない。俳優同士として、一緒に多くの心に残る映画、ドラマの作品に関わってきた。しかし、私は共演者としては、誰とでもそうなのであるが、個人的に食事に行ったり、飲みに行ったりすることはない。だからでき上がった作品を通してのスクリーンのなかでの俳優の彼を知っているくらいだった。

そして彼が書いた著書(『空洞のなかみ』『あなたの牛を追いなさい』どちらも毎日新聞出版)で一人の読者として俳優以外の彼に出会った。彼の書くものはエッセイ、小説も軽妙で奥行きがあった。自分のリアルに空想を上手くはめこみ、文筆家としてまた違う顔を見せてくれていた。

松重さんにはこのような表情があるのだ、フームと読者として唸っていたら、今度は彼が脚本も書き、映画監督として会うことになった。彼が十年以上関わってきたテレビ番組を映画化した『劇映画 孤独のグルメ』である。私は当然撮影現場で主演俳優として、また監督でもある彼の両面を見て体験していた訳だが、そこに彼の書いた著作集も頭に浮かび重なり合って、それぞれの松重さんの在りようが繋がっていて見事な方向性があった。

映画はひと足先に試写で観た。昨今の映画にありがちな押し付けがましさがなくて、主人公が一途に食材を求めて行く旅の冒険が、その地に住む普通の人たちとからみ、そこに出てくる食べ物との具合が絶妙で、この映画は久しぶりにあらゆる世代の人たちが楽しんで観られる本来のエンターテインメント作品なのだと思った。

著書『たべるノヲト。』を読むと、この『劇映画 孤独のグルメ』を作るにあたってインスパイアされたというネタがいきなり書かれているのである。映画を観る前に、この本を読んでいくと面白いのでは。そして丁度、お正月明けにおせち料理に飽きてくると、著書の一品、一品は全部で三十品くらい(お粥、固くなった鏡餅の食べ方、焼きそばでなくナポリタンパン、海苔と納豆、ワカメと牡蠣のバター炒め、サバ煮付けの作り方等々)手軽な、なんでもない食べ物なのだが、映画と同様に読んで、「それ……食べたい」を味わえる時期的にもピッタリの文字通り『たべるノヲト。』なのである。

それぞれの食べ物に添えられているあべみちこさんが描いたカラーのイラストは食のシズル感があり素敵で、著者が持つ独自のこだわりで書かれたノヲトとイラスト画との組み合わせが抜群の相性でなんとも美味しさ満載であった。

著者の食への展開は、そこにはいっさいウンチクめいたものはなく、簡潔にして清々しい。そして美味しさへの誘いのなかには、やはり当然、色々な出逢いがあり市井の人たちとの温かい気持ちの交わる景色では胸にジーンと沁みる話も読ませてくれる。一品(ひとしな)それぞれに情報としてでなく、そこには物語があり、流石だなと思った。著者は次々と新しい表情を持って表現の世界を横断している。

そういえば、松重さんは猫になった姿(テレビドラマ『きょうの猫村さん』)も見せてくれてもいた。

『猫様』想田和弘著(ホーム社)を思わず買ってしまった。帯文〈「野良猫様の多い街は良い街だ」というのが、僕のかねてからの持論である。〉の言葉に惹かれたのか。

また監察映画という映画があることも初めて知った。その監察映画監督の著者が出した猫様たちの写真集である。写真も良いが書かれている文章も猫を通して人間社会を見つめる目線がナルホドね、と思わせてくれる。

猫は家につくといわれているが意外と人につき、彼や彼女らは自分が家族の一員であると思っているので家族全員の一体感というか「チーム感」が大事なのだと著者は監察者として書いている。わかる、確かにわかると頷きながら、私は単純にウチの猫クンを思いこの本を読んでいたのだが、著書には人間と生きものとの共生という広がりのある世界観があった。

毎日ウチの庭を横切る地域猫の黒猫クンは玄関先に用意したカリカリと水を平らげるが決してウチの猫になろうとはしない。冬の寒さに備えて毛を増やして太り、全力で一人で生きようとしている。

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書評15『老人は荒野をめざす』嵐山光三郎著/『仙人の桃』南伸坊著

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(2024111017日号掲載)

嵐山光三郎『老人は荒野をめざす』(ちくま文庫)。著者の荒野への旅は芭蕉の「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」から始まり「芭蕉の思い出は荒野をめざした日々のことばかり」としている。

本の題名は、本誌で連載されている人気コラム「ボケない名言」の五木寛之氏が一九六七年、当時若者に人気のあった週刊『平凡パンチ』に掲載されていた小説『青年は荒野をめざす』から引用したネーミングである。

その小説発表時、嵐山氏二五歳、私は一九歳であった。著者はものごころがついた頃に、戦後の焼け野原を知り飢えをしのいだ世代。私は戦争を知らない子供たちであり少し若い。あれほどに盛り上がった学生運動も一九七〇年を境にして下火になり、若者たちは散るようにバックパッカーとして世界各地にあてのないひとり旅に出た(私もその一人であった)。それぞれの荒野を目指したのである。

あの時代に五木寛之氏が展開した荒野は、「『一九六〇年代の処方箋』として、若い世代を鼓舞し、挑発した。」

荒野をめざすという言葉が新しかった。経済成長の名の下に、大学も社会もあらゆるものが整然と管理され収まりつつあったが、そんな時代の空気に馴染めなかった若者は荒野をめざした。今となっては、八〇年代から、あのバブル期におけるサブカル、雑誌文化を引っ張ってきた不良中年アラシヤマが生きてきた様を書き記した回顧と思い出の残照、全ての章が私には懐かしさで、今もリアルに甦り覚えていることばかりであった。

「タモリの花道」ではテレビでの成功前のタモリ、ビートたけしたちの芸人列伝と著者自身のテレビの時代。「さらば思い出」の章では新型コロナワクチンやウクライナのことなど時局のことも書かれている。では「お前さんは何者なのだ、と問われるとこれがわからない」「遊びほうけてきた無節操な老人ですよ」と切り返している。

「サーカス的生活」での木下大サーカスのくだりでは、私が子供の頃に見た、まるで空から町の広場に舞い降りたかのような赤い大テント、身震いするほどの記憶が甦った。フェリーニの晩年の映画で、私は現実を生きるよりも思い出とともに生きるのが好きだ、というような言葉があったことをフッと思う。

「さらば週刊朝日」、自身の二六年間の関わり、次第に坂を下りていく老いの悦楽と週刊誌という媒体を愛している気持ちに溢れている。「自分の影につまずく」では編集者として仕事がむやみに面白くて「こなす用件が錯綜してなにから手をつけるのかが判断できない状況に欲情した」。忙しいのは「『苦』ではなく『遊び』だった」と羨ましいほどの絶頂期の時代を書いている。そして赤瀬川原平氏の「『能力が劣化した状態』を『老人力がついたね』と自賛した」『老人力』が流行ったのは一九九八年だから、あれからもう三〇年近くが経ったのだ。この度の嵐山さんの著書では「老残力」と言うらしい。この言葉がヒットするとは思えないが面白いなと思った。しかし著書に書かれているあのような愛と熱情の旅は今はどこにあるのだろうか。私たちのめざした荒野は、実は自分自身の中に広がっていたものだったのかもしれない。

不良老人となった著者が今の老いについて思うところを少し引用すると「無為安楽の老境で、どかりと落ちた山の満月を見るのです。恐るべきは肉体の衰弱で、足腰の痛みにくらべれば、精神の停滞なんて大したもんじゃない」と言い放つのはやはり不良の面目である。

世の浮かれ騒ぎとは決別して、老いを機に自身の過去を一度洗いなおして遠くを見る目を持つことは、意外と重要なことなのではと思った。芭蕉はその長い旅を終えて「夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡」と詠んだ。

嵐山さんと同じ時代を駆けてらした南伸坊さんの『仙人の桃』(中央公論新社)を読んでみた。中国の怪奇伝説、物語を著者独特の解釈をしてイラスト漫画で三〇話くらいを描かれ、それぞれにその解題の文章も書かれている。珍しい本だなと気軽に手を出したが、著書そのものは捻りが効いていて、読み手の想像する力を引き出し、思考する時間が必要であった。読み終えて、もう一度じっくりと読み返して愉しんでみた。この世界感が好きかどうかであるが、私には味わいのある一冊であった。

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書評14『つげ義春が語る 旅と隠遁』つげ義春著/『日本鉄道廃線史』小牟田哲彦著

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(2024915日号掲載)

漫画家つげ義春がまた光を放っているようだ。先年、フランスで国際的な漫画賞を受賞したという。

昭和の時代、演劇に懸けていた若い私は新宿駅のプラットフォームの下にある荷物集積場でアルバイトをしていた。だから毎日、隣のプラットフォームを行き交う乗客の足ばかり見ていて、高層ビルが建ち始めた新宿のこれが一番下の目線からの景色なんだとフッと想ったりして眺めていた。

そんな私の周りの演劇、絵画、音楽に関わる若者たちもみんな貧しかったが、誰もなんとも思わない一途な時代のふくらみがあった。その頃、ブームになっていたつげ義春の漫画の世界に惹きつけられたのは多分私たちが感じていた時代の気分を彼の描く作品に重ねていたのであろう。

『つげ義春が語る 旅と隠遁』(筑摩書房)は、過去50年間の対談やインタビューを集大成したものである。聞き手、対談は深沢七郎(作家)、川本三郎(文芸批評家)、高野慎三(ガロ編集者)諸氏。

漫画作品の背景である旅、生活、文学、趣味、哲学そして自身の近況など、多岐にわたって、つげ義春の驚くほどの知見と記憶が語られ、また引き出された全編「つげ式」の一冊である。

作家として作品を描く作業では、実際はリアルな旅と生活のことでも自分の空想を交えて、虚の世界をはめ込み、あたかも本人しか行けないような場所や旅を創り出しているのだ。

現在、87歳になられたという。「多少貧乏しても気楽に生きたい」と言い放って社会から、そして自分自身からも解放しようとし続けたつげ義春の生き方は常人には計り知れない、なにかにとり憑かれた凄みのあるものなのではと私には感じられた。

団塊の世代にとって漫画はずっと形を変えながらそばにあった。つげ義春の漫画に触れて50年、その作品はあの時代が生んだ異形の傑作なのかと思っていたが、30年ほど前に買って手元にある『無能の人』『隣の女』(2冊とも日本文芸社)、『リアリズムの宿』(双葉社)の漫画作品集を本書と同時に読んでいると、やはり時代を超えた懐かしさと不思議な魅力があり、味わい深い時間を愉しむことができた。

もう作品は描いていないが、こうしてまたブームが来ているのは、日本の原風景が描かれた漫画とともに、つげ義春自身が確固とした芸術家として在るからであろう。

私たち若者の誰もが受け入れていたあの昭和の貧しさという(めぐみ)から今や遠ざかっていて、大事なことはもう忘れているのではという不安からのつげ義春への憧憬があるかもしれない。

そしてパートナーであった亡き夫人の藤原マキさんが描かれた漫画『私の絵日記』(ちくま文庫)がなんと1982年の出版から40年経ってアメリカでのマンガ賞を受賞したという。ここにきてつげ義春の周辺で何かが起こっている……。

その彼の旅を思い、全国に張り巡らされた日本の地方鉄道の実態を知りたくて『日本鉄道廃線史』小牟田哲彦著(中公新書)を読んで驚いた。

皆さんはご存知でしたか、「ヨーロッパ各国では2017年頃から、環境負荷が大きい航空機での移動を『飛び恥(フライト・シェイム)』と表現し、」一度は縮小傾向だった夜行列車が復活しているそうだ。しかも、フランスでは昨年「環境保護を理由として『高速鉄道で2時間半以内で代替輸送できる短距離航空路線は運航禁止』という法律が制定された。もしも日本で同様の法律が成立したら、東京〜大阪間や大阪〜福岡間は航空便がなくなり新幹線移動が最速の交通手段となる」。

この夏の異常な暑さ、気候変動危機と限られたエネルギーを考える時代になっている。

民営化によって利益追求のためズタズタにされている鉄道網は、自動車で代替されてきたが、少子化とドライバー不足、私たちの世代が免許証返納する時期にもなり、便利だとしてきた車社会にも陰りがでてきている。首都圏以外では過疎化の問題もあるがローカル線が地域密着型の鉄道としての役割はないのか。

イギリスでは鉄道に関しては営利を求めた民間から後年に再度国営化に戻ろうとしている。

線路は一度剥がせば、後で事情が変わっても、再敷設はほぼ不可能なのである。

わが国も環境保護と鉄道について思い切った考察が必要ではないだろうか。

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書評13『放浪・雪の夜 織田作之助傑作集』織田作之助著/『名著入門 日本近代文学50選』平田オリザ著

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(202472128日号掲載)

織田作之助『放浪・雪の夜 織田作之助傑作集』(新潮文庫)が刊行された。学生の頃、やはり、まず読んだのは無頼派と言われる太宰治、坂口安吾、織田作之助。なかでも私はオダサクが好きだった。それは京都にいた大学生の頃は大阪の友人と京都でなくほとんど大阪の街で遊んでいたから、ミナミの街(心斎橋、道頓堀、千日前)、ビリヤード、麻雀、競馬、地域や人に、また大阪言葉(現在のお笑いで全国的になった関西弁ではない)に馴染んでいたこともあるだろう。

しかしここにきて傑作集の文庫とは。また表題の二つの作品「放浪」「雪の夜」は知らない題名である。織田作之助の著作集は作品が重複することが多いので書棚を探したところ四冊の本がでてきたが、やはりこの表題二編は無かったので早速購入した。あの時代に、文楽に傾倒し、銀が泣いているの将棋の坂田三吉を愛し、大阪に生きる人の精神と街を書き尽くした織田作之助。人間の偉さには、どんな偉い人でも限界がある、しかし人間の愚かさはそこなしであるが、そこにあるそこぬけの現実を著者は切迫感と技巧で物語にして独特の味わいのある世界観を示している。

「雪の夜」は大阪を離れ、別府が舞台となっている。男二人が女をめぐる愛執、嫉妬などもみな最後は白い雪に包まれるかのように消化され情感をともなう。表題二編の他は全て読んでいたものであったが、本書にはやはり名作「蛍」が収録されていた。もう何度読んだかわからないが、今回は文句なしのその作劇の巧みさと構成にあらためて魅了された。織田作之助は、初めは小説でなく劇作家を目指していたゆえに筋立てと虚構の世界を創る才がこの「蛍」でも際立っている。

市井の庶民のなかにいきなり歴史上の坂本龍馬を素材としてまじりあわせそれが物語に時代のリアルを感じさせ小説としての完成度が見事なのだ。幕末期、京都伏見の船宿・寺田屋お登勢の半生記である、登勢はそこでさまざまなひとたちを見送るが最後に坂本龍馬を見送る描写はその心情を流れる淀川を合わせ鏡にして素晴らしい。

〈お良と坂本を乗せた三十石の夜船が京橋をはなれて、とまの灯が蘆の葉かげを縫うて下るのを見送った時の登勢は、灯が見えなくなると、ふと視線を落して、暗がりの中をしずかに流れて行く水にはや遠い諦めをうつした。〉

終戦後、これからという時に織田作之助は宿痾の病による喀血を繰り返し、死ぬまでのその壮絶のなかで一年後に亡くなる。その限りある自分の命を知りながら身体を張って書いた多くの作品には、そこはかとない恥じらい、明るさとユーモアさえも感じるのは著者の真骨頂である。織田作之助、あまりに惜しいその道半ばでの短い命がまるで蛍火のようである。

NHK大阪局の朝ドラで半年くらい大阪に滞在した時、宿泊ホテルで空き時間に織田作之助をむさぼり読みながら同時に作品ゆかりのミナミの歩きを愉しんだことも思い出した。もう二十数年も前のことだ。そして三度目の織田作之助が今、私の前に現れ、作品のなかでもう忘れかけていた人間の生きる姿を読ませてくれた。大阪弁でいう、こけたもん。私もまた現実では病で社会に一度は取り残されたこけたもんなのだった。その手負いの世界には覚えがある。恥も外聞も忘れて生き切る気の遠くなるほどの哀しみ、生きるのに何が本質的であり何が本質でないのか、著書が今を生きる私に問うている、そして新しい読み物としてよみがえる。私は固唾をのむほどに真剣にまた全編を読み返していた。

そんなことで現代作家の新作もまた名著と呼ばれているものと呼応しているのではないかと思い、平田オリザ『名著入門 日本近代文学50選』(朝日新書)を手にした。近代文学の黎明期、樋口一葉、森鷗外から時系列に夏目漱石、泉鏡花などを経て現代に繋がっている。ここに示された名著を読まないのは、残された読書人生であまりにも勿体無い。著者がこれらの名著を読みたくなるようにリードしてくれているのが有難い。

〈心が折れそうになる夜には、たとえば正岡子規を思う。たとえば金子光晴の詩集を開く。寂しさに釣り出されないために文学はある。〉このように書き記した平田オリザ氏の言葉が胸に落ちる。

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書評12『猫と ねこのエッセイアンソロジー』/『高峰秀子 暮らしの流儀 完全版』(高峰秀子・松山善三・斎藤明美共著)

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(202462日号掲載)

今年の冬は寒い日が多く、厳しかったように思う。

その間、ウチの猫君はずっと、リビングのホットカーペットの上にいた。思い切り身体を伸ばし、背中、お腹をゴロンゴロンと反転して全身を温めていた。「君は一日中そこにいるんだ、あったかくて良いね」と声をかけると「ファーン」と答え、うるさいなと私を睨みつけている。

午後になると毎日決まった時間に地域猫の母子が連れ立って庭を横切る。ウチの猫は縁側の窓ガラスに顔を押し付け、その姿をジッと眺め「クーン、クェーン……」と自分の存在をアピールしている。母親は後ろからついてくる仔猫を守るように窓のガラス越しに見えるウチの猫君をチラッと一瞥して玄関に用意した水を飲み、カリカリを食べて消えていく。ウチの猫は寂しそうに背中をまんまるにして見送り、庭を眺めている。彼は保護猫譲渡のIさんの話では、生まれてすぐに母親に置き去りにされ、Iさんの処に来た時はミルクが飲めなくてスポイトでミルクを与え育てたとのこと、母親の愛情をまったく知らないのだろう。

母親を知らない彼が、どんな気持ちで、毎日庭を横切る母子を見ているのかを思うと、温かいところで、ぬくぬくと、ウチではそれで良いんだと、私はそのまんまるに身を縮めた後ろ姿を見てしんみりとし、その場を離れようとすると彼はその気配を感じてか、フン別に何でもないよ、といわんばかりに、いきなりはしゃぎだし私の足に絡みついてくる。ウーン、猫のこと知りたい……。私はこの本『猫と ねこのエッセイアンソロジー』(河出文庫)に手を伸ばし少しずつ読む。夏目漱石から角田光代、なんと約百年の間に書かれた三十三人の作家の猫に関する短編、エッセイアンソロジーである。著名な作家さんたちの猫本なのだ。本書については何かを私が書くよりも、その執筆人の名を記すほうがこの本の魅力が増すであろう。作家たちの猫へのストレートなそれぞれの思いがあふれている。

猫と仲良しになるには、猫を飼っているのでなく、〈自分も猫化して、猫さんとおんなじになっちゃえばいい〉。あの思想家・吉本隆明の言葉である。

村上春樹、谷崎潤一郎、佐野洋子、伊丹十三、島尾敏雄、村山由佳、保坂和志、養老孟司、内田百閒、宮沢賢治、池波正太郎、諸氏。どこから読んでも百年の猫を編んだ全編が素晴らしい……そして教わる。

ある一本の映画を観て以来、映画女優・高峰秀子にハマった。今年は生誕百年でクローズアップされてもいる。私よりふた昔以上前の世代の人たちが実際のスクリーンで魅了された女優さんだ。いまは配信になるが観ることの出来る映画は全て観た。その在りようは、演技は見事である。昭和の時代、最高の女優の一人であろう。そうなると私の気質(たち)なのだが高峰秀子が書いた本、随筆(多くの著書がある)を読んでみたくなる。そして数冊読む中での一作。『高峰秀子暮らしの流儀完全版』(高峰秀子・松山善三・斎藤明美共著)(ちくま文庫)で、エーッと思った。「高峰秀子が愛した猫」という章があったのである。

五十五歳でキッパリと映画界から引退されて、夫婦二人だけの(つい)の棲家として豪邸を壊して完成させた理想の家は、客を招ばない、誰も入れない家。建てるに際して、〈家具や長年集めた書画骨董、何百セットという食器、衣類、そして人間関係……、あらゆるものを捨てたのである。衣・食・住。人が生きる上でなくてはならない三要素を、遂に自身の思うままに、願う通りに、完璧に仕上げた。〉

その高峰秀子さんが晩年の日々、猫を愛でていたというのだ。驚きと、何ともいえない嬉しさがあった。著書にはご本人、そして彼女が身につけていた小物(旅の手帖、ブローチ)などのカラー写真、もちろん猫も掲載されている。

読み人に語りかけるような文体に引き込まれて読んでいると一瞬フッと今、高峰秀子さんは現役で生きておられるのではとの想いにとらわれ、良質なドキュメントを一本見たような気がした。

本を書き残されたことで表現者として時代の壁を越えられたのである。彼女の養女になられた斎藤明美さんが書かれた著述が貴重である。

季節も変わり、縁側の陽射しの中、板の間でくつろぐ私の側にはいつの間にか猫君が寝そべっている。

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書評11『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』桜木紫乃著/『江戸へおかえりなさいませ』杉浦日向子著

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(202447日号掲載)

〈あたしがソコ・シャネル。こっちのおばさんがフラワーひとみ、このおじさんがチャーリー片西。〉〈よろしくね〉昭和の頃……。

釧路の幣舞橋(ぬさまいばし)を渡りグランドキャバレー「パラダイス」に酔客として行く。

「オリーブの首飾り」を合図にマジック、シャンソン、ストリップの演し物でショウタイムが始まる。マジシャンがステージを終え、マイクを持った。

〈続きましては、シャンソン界にこの人ありと謳われた実力派歌手の登場でございます。人生の浮き沈みから日の光その影まですべてを歌い上げたとき、人はみな心に灯る灯(ともしび)を知るでしょう。今宵心にソコ・シャネル〉拍手の中、〈―希望という名の あなたをたずねて〉〈歌い出しの声が地の底から湧き上がるような恐ろしさを放った。〉

聴きたい…観たい。

桜木紫乃さんの『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』(角川文庫)が文庫化された。私の中に溶け込んだ、あの四人に逢いたくて何度も読み返す。小説(物語)と出会い、読むことでしか味わえない悦びがある。マジック、歌、ストリップ、そして照明のことまでもすべてに完璧な裏付けがありプロとしての芸人たちが著書のなかで映像として浮かび、息づきリアルに立ち上がってくる。本作品には常に音楽が流れている。スウィングし、時にはスローなジャズを挟み、緩急をつけて著者は執筆中には身体を少し揺すりながら書かれているのではないかと思った。

四人のキャラクターがカルテットとして軽快なリズムを刻み、見事なハーモニーを奏でてクスッと笑わせてもくれるがそれは精一杯ゆえにこぼれ落ちる笑いであり、その流れのなかで、それぞれが抱えこむ過去も丁寧に書かれていて生きることの哀しみの描写、言葉は私の身体に入り沁みる。血を分けた身内よりも互いの一期一会の相手に心を開き気持ちを寄せ合い付き合う。出会いと別れを繰り返す生業を一生続け生計を立てている芸人たち、情があり、魅力的である。自分にとっても切実度の濃い作品であった。

私も虚構の仕事(映画、ドラマ)に携わってきた。その撮影現場ではその都度スタッフ共演者との出会いと別れを繰り返す。もう二度と組むことのない緊張感を保ちながら虚構(劇)での互いの繋がりを信じて擬似家族として成立するための撮影を続けていく。

著者は舞台に立つ芸人たちの異彩を放った在りようを通して、読者に芸というものの何たるかを投げかけて愉しませてくれる。

〈マジックを失敗しながら、ステージを成功させている〉〈その失敗で飯を食うという肝の据わり方がこの男の芸なのか。〉この自称、世界的有名なマジシャン。〈誰が聴いていなくても、アタシは歌う。底の底まで落ちたって、どんなどん底にいようとも、歌い続ける〉ソコ・シャネル、名の由来はどん底のソコなのだ。〈演歌もロックも、みんなシャンソンなの。ひとの生きる切なさや怒りを閉じ込めた歌は、みんなシャンソンと呼ぶのよ〉。

それぞれの人生をしたたかに生きる擬似家族としての彼、彼女らに混じり揉まれた「俺」が若い自分のこれからの生き方を次第に模索する。そして亡くなった父を思い起こし、疎遠だった母との新しい関係に踏み出す作劇には膨らみがあり温かい。最後には、作中に底通音として流れていた音楽は止み、その余韻の中での見事な結末が用意されている……泣いた。

人生の流れというものは自分にふさわしいところに自然に流れていき、あるべき出会いの縁に行き着くものだと桜木作品は教えてくれる。

過日、その擬似の家族を築くため映画の撮影で何度か東京に通った。東京を離れてまだ二年なのにその激変ぶりに驚いた。五十年以上過ごした東京。少し寂しく、江戸の匂いを求めて江戸暮らしの達人・杉浦日向子さんの著書『江戸におかえりなさいませ』(河出文庫)を読んだ。含蓄がある。江戸テンポは実にスローだったようで、なにごとにも八分の加減で、いつも挨拶を欠かさないのが江戸(東京)流とのこと。著書を読むことで肩の力がぬけ、これからの時代はオリジナルの生活スタイルを作らねばと思った。変わりゆくものをただ嘆くだけでなく、刻々と新しくなる今の東京に私のありし日の懐しい思いを重ね合わせると、見えてくる街が実に味わい深く変貌するのだった。

【書評について】2022年10月から『サンデー毎日』の書評「遠回りの読書」を担当して今年で4年目を迎えます。広く皆様にお読み頂きたく、2025年4月から毎日新聞出版社のご厚意によって過去に掲載した原稿を転載させて頂いています。毎月1回の更新でnoteに「書評」として投稿致していますので、ぜひご覧ください。

(*紹介した本からの引用は〈 〉になっています)

書評10『ふぞろいの林檎たちⅤ/男たちの旅路〈オートバイ〉山田太一未発表シナリオ集』山田太一著(頭木弘樹編)/『大きな字で書くこと/僕の一〇〇〇と一つの夜』加藤典洋著

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(202421825日号掲載)

演劇、映画と共に俳優としてのウイングをテレビドラマにも広げていたが、いつかはこの人の書かれた脚本作品に行き当たりたいと思っていた。昨年亡くなられた脚本家・山田太一ドラマ作品である。そして二本の山田作品に出演することが出来た。嬉しかった。はたして、テレビ局内でご本人にお会いした時、直接に一本目は褒められて、二本目は本読みの場で叱責された。あれから十年以上は経ったがその時のお言葉はずっと心に残っている。

ここにきて私は山田作品を演者としてでない角度から見てみようと山田太一著『ふぞろいの林檎たちV/男たちの旅路〈オートバイ〉山田太一未発表シナリオ集』(頭木弘樹編・国書刊行会)を読んでみた。「ふぞろいの林檎たち」の放映時は私も三十代半ばを越えていたので(劇中の若者世代ではなかった)、今回は気持ちを「男たちの旅路〈オートバイ〉」に絞ってみる。

市民が平穏に暮らす団地で暴走族の騒音に悩まされる住人が解決の糸口として警備会社に頼む。あの時代の社会問題ではあった。警備司令補にはこんな台詞を吐かせる。

〈社会というものは不都合な人間を切って行かなければ、忽ち目茶目茶になってしまうんだ。悪い事は悪い、としなくてどうする? 乱暴な人間が温和しくなれば、目出度いんだ。そういうもんなんだよ〉。かなり直接的な言葉である。そして若い警備員は、〈そうですかね。悪い事は悪い。そんな、ニュアンスのないことでいいんですかね〉。

世代対立としての会話劇は結論を出さずに、ここで終わっているが、そこからは暴走族とされているが実は普通の青年たち、それぞれの生活実態の描写からのト書き〈いつくしむようにキャメラ移動して〉雨の中、鉄屑置場に打ち捨てられた数台のバイク達の全景を映し出す。そのエンディングはドラマの余韻が沁み見事である。この未発表作品を観てみたいと思った。山田太一脚本は既にト書きで、差し込む街のカット、キャメラの動きや音楽を入れる箇所など、演出の領域まで細かく書き込まれている。

もう台詞を含め台本通りに演じることで成立していると思っていたが、こうしてこの作品を読んでいても完璧な脚本ではあるが、だからといって山田作品は誰にでも出来るというものではないのだ。やはり司令補鶴田浩二(戦後の特攻隊生き残りである)の存在ありきで読んでしまう。時代とともに書き、その時々の俳優にこだわられた人だったのだと思う。また、山田さんは以前、ドラマは〈いわくいいがたい〉曖昧で多様な現実を、〈いわくいいがたい〉まま言語化せずにある世界である、とも書き残されている。稀有な脚本家でありながら言葉、台詞を超えるものとして映像作品を捉えられていたのだ。この未発表シナリオ集を読んでいて、山田太一作品の世界を少しでも生きられた私は幸せなテレビドラマの時代を享受したのだが、時間を巻き戻して、山田さんを前にしたあの緊迫した本読みの現場に、もう一度立ちたいと夢のように思うのであった……。

いわゆる社会的な政治時評、歴史認識、書籍の解説等多くの評論をしてきた文芸評論家・加藤典洋氏の著書『大きな字で書くこと/僕の一〇〇〇と一つの夜』(岩波現代文庫)。

辛口論評の著者が自分の私的なコラムをまとめた前半は、言葉は〈考えるための武器〉としていた著者が〈簡単に一つのことだけ書く文章とはどういうものだったか。それを私は思い出そうとしている〉〈大きな字で書いてみると、何が書けるか〉。

著者の言葉とのつきあいの変化が新鮮であり興味深く読んだ。後半からの詩集。詠まれた詩歌にはそれぞれに心を打つ情感があった。闘病中の詩作だったという。著書は加藤氏が初めて自分自身の内なるものに切り込んであえて言葉を平易にし、柔らかい心情をこの世に残そうとした一冊なのだと思った。

〈自転車に乗っていて上り坂にかかると、ギアを一つ落とす。スピードは出ないが、ほどほどの力で坂を上ることができるようになる。

それは一つの退歩だが、そうであることで私たちを新しい場所に連れ出す〉

私はたとえそれが少し硬くとも胆力を持って口の中に放り込み、噛みくだきながら、時間をかけて言葉にし、行きつ戻りつの日々を出来得る限り、自分の速度に合わせて送りたい。

【書評について】2022年10月から『サンデー毎日』の書評「遠回りの読書」を担当して今年で4年目を迎えます。広く皆様にお読み頂きたく、2025年4月から毎日新聞出版社のご厚意によって過去に掲載した原稿を転載させて頂いています。毎月1回の更新でnoteに「書評」として投稿致していますので、ぜひご覧ください。

(*紹介した本からの引用は〈 〉になっています。また原稿の時制は掲載当時のものです)

時代劇をロンドンで観た。映画と字幕、そして仲代達矢さんのこと

今から半世紀ほど前、1972年、私はバックパッカーとしてロンドンを旅していた。
ある映画館(たぶんピカデリーサーカスあたり)だったと思うが、「日本映画の特集」で黒澤明監督の「椿三十郎」がかかっていて観に行った。
映画の中で「あなたはお幾つですか?」と問われ、三船敏郎の三十郎が「三十で、もうすぐ四十郎だが」と答えるシーンがあり、日本語だと笑えるところだが英語字幕だと「forty」となり、おかしみがでない。字幕って難しいなと思ったのだった。
この映画では三船三十郎の敵役として仲代達矢さんが出ているのだが、彼がスクリーンに現れると観客からは「タイガー!タイガー!」の掛け声がかかって、仲代さんはイギリスではタイガーとして認知されていたので驚いたのだった。仲代さんの訃報に、こんなエピソードを思い出したのだ。

ウチの猫(ウズラくん)の冬のある一日

日に日に、寒くなってきてウズラはいつも家の中で暖かいところを見つけてうずくまって寝ている。
このところは午後は2階の陽当たりの良い場所でまるまっていて、陽が落ち暗くなると降りてきて、ホットカーペットの上で私の側にいるのだが、昨日は外が真っ暗になっても全然降りてこないので心配になった。
二階へ見に行くと、お向かいの家がクリスマスのために飾りだした大きなネオンサインがピカピカ光っていて、ウズラはそれをおとなしくジッと見ているのだった……。私は声をかけずに、そのまま下に降り居間に戻った。そういえば隣家からのピアノの音も静かに聴いているなと思い、少し彼(ウズラくん)のことがわかったような気がして嬉しくなったのだった。