書評14『つげ義春が語る 旅と隠遁』つげ義春著/『日本鉄道廃線史』小牟田哲彦著

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(2024915日号掲載)

漫画家つげ義春がまた光を放っているようだ。先年、フランスで国際的な漫画賞を受賞したという。

昭和の時代、演劇に懸けていた若い私は新宿駅のプラットフォームの下にある荷物集積場でアルバイトをしていた。だから毎日、隣のプラットフォームを行き交う乗客の足ばかり見ていて、高層ビルが建ち始めた新宿のこれが一番下の目線からの景色なんだとフッと想ったりして眺めていた。

そんな私の周りの演劇、絵画、音楽に関わる若者たちもみんな貧しかったが、誰もなんとも思わない一途な時代のふくらみがあった。その頃、ブームになっていたつげ義春の漫画の世界に惹きつけられたのは多分私たちが感じていた時代の気分を彼の描く作品に重ねていたのであろう。

『つげ義春が語る 旅と隠遁』(筑摩書房)は、過去50年間の対談やインタビューを集大成したものである。聞き手、対談は深沢七郎(作家)、川本三郎(文芸批評家)、高野慎三(ガロ編集者)諸氏。

漫画作品の背景である旅、生活、文学、趣味、哲学そして自身の近況など、多岐にわたって、つげ義春の驚くほどの知見と記憶が語られ、また引き出された全編「つげ式」の一冊である。

作家として作品を描く作業では、実際はリアルな旅と生活のことでも自分の空想を交えて、虚の世界をはめ込み、あたかも本人しか行けないような場所や旅を創り出しているのだ。

現在、87歳になられたという。「多少貧乏しても気楽に生きたい」と言い放って社会から、そして自分自身からも解放しようとし続けたつげ義春の生き方は常人には計り知れない、なにかにとり憑かれた凄みのあるものなのではと私には感じられた。

団塊の世代にとって漫画はずっと形を変えながらそばにあった。つげ義春の漫画に触れて50年、その作品はあの時代が生んだ異形の傑作なのかと思っていたが、30年ほど前に買って手元にある『無能の人』『隣の女』(2冊とも日本文芸社)、『リアリズムの宿』(双葉社)の漫画作品集を本書と同時に読んでいると、やはり時代を超えた懐かしさと不思議な魅力があり、味わい深い時間を愉しむことができた。

もう作品は描いていないが、こうしてまたブームが来ているのは、日本の原風景が描かれた漫画とともに、つげ義春自身が確固とした芸術家として在るからであろう。

私たち若者の誰もが受け入れていたあの昭和の貧しさという(めぐみ)から今や遠ざかっていて、大事なことはもう忘れているのではという不安からのつげ義春への憧憬があるかもしれない。

そしてパートナーであった亡き夫人の藤原マキさんが描かれた漫画『私の絵日記』(ちくま文庫)がなんと1982年の出版から40年経ってアメリカでのマンガ賞を受賞したという。ここにきてつげ義春の周辺で何かが起こっている……。

その彼の旅を思い、全国に張り巡らされた日本の地方鉄道の実態を知りたくて『日本鉄道廃線史』小牟田哲彦著(中公新書)を読んで驚いた。

皆さんはご存知でしたか、「ヨーロッパ各国では2017年頃から、環境負荷が大きい航空機での移動を『飛び恥(フライト・シェイム)』と表現し、」一度は縮小傾向だった夜行列車が復活しているそうだ。しかも、フランスでは昨年「環境保護を理由として『高速鉄道で2時間半以内で代替輸送できる短距離航空路線は運航禁止』という法律が制定された。もしも日本で同様の法律が成立したら、東京〜大阪間や大阪〜福岡間は航空便がなくなり新幹線移動が最速の交通手段となる」。

この夏の異常な暑さ、気候変動危機と限られたエネルギーを考える時代になっている。

民営化によって利益追求のためズタズタにされている鉄道網は、自動車で代替されてきたが、少子化とドライバー不足、私たちの世代が免許証返納する時期にもなり、便利だとしてきた車社会にも陰りがでてきている。首都圏以外では過疎化の問題もあるがローカル線が地域密着型の鉄道としての役割はないのか。

イギリスでは鉄道に関しては営利を求めた民間から後年に再度国営化に戻ろうとしている。

線路は一度剥がせば、後で事情が変わっても、再敷設はほぼ不可能なのである。

わが国も環境保護と鉄道について思い切った考察が必要ではないだろうか。

【書評について】2022年10月から『サンデー毎日』の書評「遠回りの読書」を担当して今年で4年目を迎えます。広く皆様にお読み頂きたく、2025年4月から毎日新聞出版社のご厚意によって過去に掲載した原稿を転載させて頂いています。毎月1回の更新でnoteに「書評」として投稿致していますので、ぜひご覧ください。

(*紹介した本からの引用は〈 〉になっています)

書評13『放浪・雪の夜 織田作之助傑作集』織田作之助著/『名著入門 日本近代文学50選』平田オリザ著

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(202472128日号掲載)

織田作之助『放浪・雪の夜 織田作之助傑作集』(新潮文庫)が刊行された。学生の頃、やはり、まず読んだのは無頼派と言われる太宰治、坂口安吾、織田作之助。なかでも私はオダサクが好きだった。それは京都にいた大学生の頃は大阪の友人と京都でなくほとんど大阪の街で遊んでいたから、ミナミの街(心斎橋、道頓堀、千日前)、ビリヤード、麻雀、競馬、地域や人に、また大阪言葉(現在のお笑いで全国的になった関西弁ではない)に馴染んでいたこともあるだろう。

しかしここにきて傑作集の文庫とは。また表題の二つの作品「放浪」「雪の夜」は知らない題名である。織田作之助の著作集は作品が重複することが多いので書棚を探したところ四冊の本がでてきたが、やはりこの表題二編は無かったので早速購入した。あの時代に、文楽に傾倒し、銀が泣いているの将棋の坂田三吉を愛し、大阪に生きる人の精神と街を書き尽くした織田作之助。人間の偉さには、どんな偉い人でも限界がある、しかし人間の愚かさはそこなしであるが、そこにあるそこぬけの現実を著者は切迫感と技巧で物語にして独特の味わいのある世界観を示している。

「雪の夜」は大阪を離れ、別府が舞台となっている。男二人が女をめぐる愛執、嫉妬などもみな最後は白い雪に包まれるかのように消化され情感をともなう。表題二編の他は全て読んでいたものであったが、本書にはやはり名作「蛍」が収録されていた。もう何度読んだかわからないが、今回は文句なしのその作劇の巧みさと構成にあらためて魅了された。織田作之助は、初めは小説でなく劇作家を目指していたゆえに筋立てと虚構の世界を創る才がこの「蛍」でも際立っている。

市井の庶民のなかにいきなり歴史上の坂本龍馬を素材としてまじりあわせそれが物語に時代のリアルを感じさせ小説としての完成度が見事なのだ。幕末期、京都伏見の船宿・寺田屋お登勢の半生記である、登勢はそこでさまざまなひとたちを見送るが最後に坂本龍馬を見送る描写はその心情を流れる淀川を合わせ鏡にして素晴らしい。

〈お良と坂本を乗せた三十石の夜船が京橋をはなれて、とまの灯が蘆の葉かげを縫うて下るのを見送った時の登勢は、灯が見えなくなると、ふと視線を落して、暗がりの中をしずかに流れて行く水にはや遠い諦めをうつした。〉

終戦後、これからという時に織田作之助は宿痾の病による喀血を繰り返し、死ぬまでのその壮絶のなかで一年後に亡くなる。その限りある自分の命を知りながら身体を張って書いた多くの作品には、そこはかとない恥じらい、明るさとユーモアさえも感じるのは著者の真骨頂である。織田作之助、あまりに惜しいその道半ばでの短い命がまるで蛍火のようである。

NHK大阪局の朝ドラで半年くらい大阪に滞在した時、宿泊ホテルで空き時間に織田作之助をむさぼり読みながら同時に作品ゆかりのミナミの歩きを愉しんだことも思い出した。もう二十数年も前のことだ。そして三度目の織田作之助が今、私の前に現れ、作品のなかでもう忘れかけていた人間の生きる姿を読ませてくれた。大阪弁でいう、こけたもん。私もまた現実では病で社会に一度は取り残されたこけたもんなのだった。その手負いの世界には覚えがある。恥も外聞も忘れて生き切る気の遠くなるほどの哀しみ、生きるのに何が本質的であり何が本質でないのか、著書が今を生きる私に問うている、そして新しい読み物としてよみがえる。私は固唾をのむほどに真剣にまた全編を読み返していた。

そんなことで現代作家の新作もまた名著と呼ばれているものと呼応しているのではないかと思い、平田オリザ『名著入門 日本近代文学50選』(朝日新書)を手にした。近代文学の黎明期、樋口一葉、森鷗外から時系列に夏目漱石、泉鏡花などを経て現代に繋がっている。ここに示された名著を読まないのは、残された読書人生であまりにも勿体無い。著者がこれらの名著を読みたくなるようにリードしてくれているのが有難い。

〈心が折れそうになる夜には、たとえば正岡子規を思う。たとえば金子光晴の詩集を開く。寂しさに釣り出されないために文学はある。〉このように書き記した平田オリザ氏の言葉が胸に落ちる。

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書評12『猫と ねこのエッセイアンソロジー』/『高峰秀子 暮らしの流儀 完全版』(高峰秀子・松山善三・斎藤明美共著)

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(202462日号掲載)

今年の冬は寒い日が多く、厳しかったように思う。

その間、ウチの猫君はずっと、リビングのホットカーペットの上にいた。思い切り身体を伸ばし、背中、お腹をゴロンゴロンと反転して全身を温めていた。「君は一日中そこにいるんだ、あったかくて良いね」と声をかけると「ファーン」と答え、うるさいなと私を睨みつけている。

午後になると毎日決まった時間に地域猫の母子が連れ立って庭を横切る。ウチの猫は縁側の窓ガラスに顔を押し付け、その姿をジッと眺め「クーン、クェーン……」と自分の存在をアピールしている。母親は後ろからついてくる仔猫を守るように窓のガラス越しに見えるウチの猫君をチラッと一瞥して玄関に用意した水を飲み、カリカリを食べて消えていく。ウチの猫は寂しそうに背中をまんまるにして見送り、庭を眺めている。彼は保護猫譲渡のIさんの話では、生まれてすぐに母親に置き去りにされ、Iさんの処に来た時はミルクが飲めなくてスポイトでミルクを与え育てたとのこと、母親の愛情をまったく知らないのだろう。

母親を知らない彼が、どんな気持ちで、毎日庭を横切る母子を見ているのかを思うと、温かいところで、ぬくぬくと、ウチではそれで良いんだと、私はそのまんまるに身を縮めた後ろ姿を見てしんみりとし、その場を離れようとすると彼はその気配を感じてか、フン別に何でもないよ、といわんばかりに、いきなりはしゃぎだし私の足に絡みついてくる。ウーン、猫のこと知りたい……。私はこの本『猫と ねこのエッセイアンソロジー』(河出文庫)に手を伸ばし少しずつ読む。夏目漱石から角田光代、なんと約百年の間に書かれた三十三人の作家の猫に関する短編、エッセイアンソロジーである。著名な作家さんたちの猫本なのだ。本書については何かを私が書くよりも、その執筆人の名を記すほうがこの本の魅力が増すであろう。作家たちの猫へのストレートなそれぞれの思いがあふれている。

猫と仲良しになるには、猫を飼っているのでなく、〈自分も猫化して、猫さんとおんなじになっちゃえばいい〉。あの思想家・吉本隆明の言葉である。

村上春樹、谷崎潤一郎、佐野洋子、伊丹十三、島尾敏雄、村山由佳、保坂和志、養老孟司、内田百閒、宮沢賢治、池波正太郎、諸氏。どこから読んでも百年の猫を編んだ全編が素晴らしい……そして教わる。

ある一本の映画を観て以来、映画女優・高峰秀子にハマった。今年は生誕百年でクローズアップされてもいる。私よりふた昔以上前の世代の人たちが実際のスクリーンで魅了された女優さんだ。いまは配信になるが観ることの出来る映画は全て観た。その在りようは、演技は見事である。昭和の時代、最高の女優の一人であろう。そうなると私の気質(たち)なのだが高峰秀子が書いた本、随筆(多くの著書がある)を読んでみたくなる。そして数冊読む中での一作。『高峰秀子暮らしの流儀完全版』(高峰秀子・松山善三・斎藤明美共著)(ちくま文庫)で、エーッと思った。「高峰秀子が愛した猫」という章があったのである。

五十五歳でキッパリと映画界から引退されて、夫婦二人だけの(つい)の棲家として豪邸を壊して完成させた理想の家は、客を招ばない、誰も入れない家。建てるに際して、〈家具や長年集めた書画骨董、何百セットという食器、衣類、そして人間関係……、あらゆるものを捨てたのである。衣・食・住。人が生きる上でなくてはならない三要素を、遂に自身の思うままに、願う通りに、完璧に仕上げた。〉

その高峰秀子さんが晩年の日々、猫を愛でていたというのだ。驚きと、何ともいえない嬉しさがあった。著書にはご本人、そして彼女が身につけていた小物(旅の手帖、ブローチ)などのカラー写真、もちろん猫も掲載されている。

読み人に語りかけるような文体に引き込まれて読んでいると一瞬フッと今、高峰秀子さんは現役で生きておられるのではとの想いにとらわれ、良質なドキュメントを一本見たような気がした。

本を書き残されたことで表現者として時代の壁を越えられたのである。彼女の養女になられた斎藤明美さんが書かれた著述が貴重である。

季節も変わり、縁側の陽射しの中、板の間でくつろぐ私の側にはいつの間にか猫君が寝そべっている。

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書評11『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』桜木紫乃著/『江戸へおかえりなさいませ』杉浦日向子著

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(202447日号掲載)

〈あたしがソコ・シャネル。こっちのおばさんがフラワーひとみ、このおじさんがチャーリー片西。〉〈よろしくね〉昭和の頃……。

釧路の幣舞橋(ぬさまいばし)を渡りグランドキャバレー「パラダイス」に酔客として行く。

「オリーブの首飾り」を合図にマジック、シャンソン、ストリップの演し物でショウタイムが始まる。マジシャンがステージを終え、マイクを持った。

〈続きましては、シャンソン界にこの人ありと謳われた実力派歌手の登場でございます。人生の浮き沈みから日の光その影まですべてを歌い上げたとき、人はみな心に灯る灯(ともしび)を知るでしょう。今宵心にソコ・シャネル〉拍手の中、〈―希望という名の あなたをたずねて〉〈歌い出しの声が地の底から湧き上がるような恐ろしさを放った。〉

聴きたい…観たい。

桜木紫乃さんの『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』(角川文庫)が文庫化された。私の中に溶け込んだ、あの四人に逢いたくて何度も読み返す。小説(物語)と出会い、読むことでしか味わえない悦びがある。マジック、歌、ストリップ、そして照明のことまでもすべてに完璧な裏付けがありプロとしての芸人たちが著書のなかで映像として浮かび、息づきリアルに立ち上がってくる。本作品には常に音楽が流れている。スウィングし、時にはスローなジャズを挟み、緩急をつけて著者は執筆中には身体を少し揺すりながら書かれているのではないかと思った。

四人のキャラクターがカルテットとして軽快なリズムを刻み、見事なハーモニーを奏でてクスッと笑わせてもくれるがそれは精一杯ゆえにこぼれ落ちる笑いであり、その流れのなかで、それぞれが抱えこむ過去も丁寧に書かれていて生きることの哀しみの描写、言葉は私の身体に入り沁みる。血を分けた身内よりも互いの一期一会の相手に心を開き気持ちを寄せ合い付き合う。出会いと別れを繰り返す生業を一生続け生計を立てている芸人たち、情があり、魅力的である。自分にとっても切実度の濃い作品であった。

私も虚構の仕事(映画、ドラマ)に携わってきた。その撮影現場ではその都度スタッフ共演者との出会いと別れを繰り返す。もう二度と組むことのない緊張感を保ちながら虚構(劇)での互いの繋がりを信じて擬似家族として成立するための撮影を続けていく。

著者は舞台に立つ芸人たちの異彩を放った在りようを通して、読者に芸というものの何たるかを投げかけて愉しませてくれる。

〈マジックを失敗しながら、ステージを成功させている〉〈その失敗で飯を食うという肝の据わり方がこの男の芸なのか。〉この自称、世界的有名なマジシャン。〈誰が聴いていなくても、アタシは歌う。底の底まで落ちたって、どんなどん底にいようとも、歌い続ける〉ソコ・シャネル、名の由来はどん底のソコなのだ。〈演歌もロックも、みんなシャンソンなの。ひとの生きる切なさや怒りを閉じ込めた歌は、みんなシャンソンと呼ぶのよ〉。

それぞれの人生をしたたかに生きる擬似家族としての彼、彼女らに混じり揉まれた「俺」が若い自分のこれからの生き方を次第に模索する。そして亡くなった父を思い起こし、疎遠だった母との新しい関係に踏み出す作劇には膨らみがあり温かい。最後には、作中に底通音として流れていた音楽は止み、その余韻の中での見事な結末が用意されている……泣いた。

人生の流れというものは自分にふさわしいところに自然に流れていき、あるべき出会いの縁に行き着くものだと桜木作品は教えてくれる。

過日、その擬似の家族を築くため映画の撮影で何度か東京に通った。東京を離れてまだ二年なのにその激変ぶりに驚いた。五十年以上過ごした東京。少し寂しく、江戸の匂いを求めて江戸暮らしの達人・杉浦日向子さんの著書『江戸におかえりなさいませ』(河出文庫)を読んだ。含蓄がある。江戸テンポは実にスローだったようで、なにごとにも八分の加減で、いつも挨拶を欠かさないのが江戸(東京)流とのこと。著書を読むことで肩の力がぬけ、これからの時代はオリジナルの生活スタイルを作らねばと思った。変わりゆくものをただ嘆くだけでなく、刻々と新しくなる今の東京に私のありし日の懐しい思いを重ね合わせると、見えてくる街が実に味わい深く変貌するのだった。

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書評10『ふぞろいの林檎たちⅤ/男たちの旅路〈オートバイ〉山田太一未発表シナリオ集』山田太一著(頭木弘樹編)/『大きな字で書くこと/僕の一〇〇〇と一つの夜』加藤典洋著

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(202421825日号掲載)

演劇、映画と共に俳優としてのウイングをテレビドラマにも広げていたが、いつかはこの人の書かれた脚本作品に行き当たりたいと思っていた。昨年亡くなられた脚本家・山田太一ドラマ作品である。そして二本の山田作品に出演することが出来た。嬉しかった。はたして、テレビ局内でご本人にお会いした時、直接に一本目は褒められて、二本目は本読みの場で叱責された。あれから十年以上は経ったがその時のお言葉はずっと心に残っている。

ここにきて私は山田作品を演者としてでない角度から見てみようと山田太一著『ふぞろいの林檎たちV/男たちの旅路〈オートバイ〉山田太一未発表シナリオ集』(頭木弘樹編・国書刊行会)を読んでみた。「ふぞろいの林檎たち」の放映時は私も三十代半ばを越えていたので(劇中の若者世代ではなかった)、今回は気持ちを「男たちの旅路〈オートバイ〉」に絞ってみる。

市民が平穏に暮らす団地で暴走族の騒音に悩まされる住人が解決の糸口として警備会社に頼む。あの時代の社会問題ではあった。警備司令補にはこんな台詞を吐かせる。

〈社会というものは不都合な人間を切って行かなければ、忽ち目茶目茶になってしまうんだ。悪い事は悪い、としなくてどうする? 乱暴な人間が温和しくなれば、目出度いんだ。そういうもんなんだよ〉。かなり直接的な言葉である。そして若い警備員は、〈そうですかね。悪い事は悪い。そんな、ニュアンスのないことでいいんですかね〉。

世代対立としての会話劇は結論を出さずに、ここで終わっているが、そこからは暴走族とされているが実は普通の青年たち、それぞれの生活実態の描写からのト書き〈いつくしむようにキャメラ移動して〉雨の中、鉄屑置場に打ち捨てられた数台のバイク達の全景を映し出す。そのエンディングはドラマの余韻が沁み見事である。この未発表作品を観てみたいと思った。山田太一脚本は既にト書きで、差し込む街のカット、キャメラの動きや音楽を入れる箇所など、演出の領域まで細かく書き込まれている。

もう台詞を含め台本通りに演じることで成立していると思っていたが、こうしてこの作品を読んでいても完璧な脚本ではあるが、だからといって山田作品は誰にでも出来るというものではないのだ。やはり司令補鶴田浩二(戦後の特攻隊生き残りである)の存在ありきで読んでしまう。時代とともに書き、その時々の俳優にこだわられた人だったのだと思う。また、山田さんは以前、ドラマは〈いわくいいがたい〉曖昧で多様な現実を、〈いわくいいがたい〉まま言語化せずにある世界である、とも書き残されている。稀有な脚本家でありながら言葉、台詞を超えるものとして映像作品を捉えられていたのだ。この未発表シナリオ集を読んでいて、山田太一作品の世界を少しでも生きられた私は幸せなテレビドラマの時代を享受したのだが、時間を巻き戻して、山田さんを前にしたあの緊迫した本読みの現場に、もう一度立ちたいと夢のように思うのであった……。

いわゆる社会的な政治時評、歴史認識、書籍の解説等多くの評論をしてきた文芸評論家・加藤典洋氏の著書『大きな字で書くこと/僕の一〇〇〇と一つの夜』(岩波現代文庫)。

辛口論評の著者が自分の私的なコラムをまとめた前半は、言葉は〈考えるための武器〉としていた著者が〈簡単に一つのことだけ書く文章とはどういうものだったか。それを私は思い出そうとしている〉〈大きな字で書いてみると、何が書けるか〉。

著者の言葉とのつきあいの変化が新鮮であり興味深く読んだ。後半からの詩集。詠まれた詩歌にはそれぞれに心を打つ情感があった。闘病中の詩作だったという。著書は加藤氏が初めて自分自身の内なるものに切り込んであえて言葉を平易にし、柔らかい心情をこの世に残そうとした一冊なのだと思った。

〈自転車に乗っていて上り坂にかかると、ギアを一つ落とす。スピードは出ないが、ほどほどの力で坂を上ることができるようになる。

それは一つの退歩だが、そうであることで私たちを新しい場所に連れ出す〉

私はたとえそれが少し硬くとも胆力を持って口の中に放り込み、噛みくだきながら、時間をかけて言葉にし、行きつ戻りつの日々を出来得る限り、自分の速度に合わせて送りたい。

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時代劇をロンドンで観た。映画と字幕、そして仲代達矢さんのこと

今から半世紀ほど前、1972年、私はバックパッカーとしてロンドンを旅していた。
ある映画館(たぶんピカデリーサーカスあたり)だったと思うが、「日本映画の特集」で黒澤明監督の「椿三十郎」がかかっていて観に行った。
映画の中で「あなたはお幾つですか?」と問われ、三船敏郎の三十郎が「三十で、もうすぐ四十郎だが」と答えるシーンがあり、日本語だと笑えるところだが英語字幕だと「forty」となり、おかしみがでない。字幕って難しいなと思ったのだった。
この映画では三船三十郎の敵役として仲代達矢さんが出ているのだが、彼がスクリーンに現れると観客からは「タイガー!タイガー!」の掛け声がかかって、仲代さんはイギリスではタイガーとして認知されていたので驚いたのだった。仲代さんの訃報に、こんなエピソードを思い出したのだ。

ウチの猫(ウズラくん)の冬のある一日

日に日に、寒くなってきてウズラはいつも家の中で暖かいところを見つけてうずくまって寝ている。
このところは午後は2階の陽当たりの良い場所でまるまっていて、陽が落ち暗くなると降りてきて、ホットカーペットの上で私の側にいるのだが、昨日は外が真っ暗になっても全然降りてこないので心配になった。
二階へ見に行くと、お向かいの家がクリスマスのために飾りだした大きなネオンサインがピカピカ光っていて、ウズラはそれをおとなしくジッと見ているのだった……。私は声をかけずに、そのまま下に降り居間に戻った。そういえば隣家からのピアノの音も静かに聴いているなと思い、少し彼(ウズラくん)のことがわかったような気がして嬉しくなったのだった。

書評09『日日雑記』武田百合子著/『ツユクサナツコの一生』益田ミリ著

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(2023年12月24日号掲載)

季節の変わり目、ある日、いきなり39度の発熱、とんでもなく苦しくこれはもしかしてと、翌朝直ぐに発熱外来を予約して病院に駆け込んだ。パーティションに区切られ抗原検査、ついにコロナか……。15分、診察室で検査結果、陰性。風邪とのこと、処方箋をもらい、直ぐに帰宅。自宅での安静。ジッとベッドに横になっていたがその日も夜中になっても熱が下がらない。肺炎を心配して医師は熱と咳が治るまで安静にと。病院での絶対安静は経験したが自宅での安静状態というものの加減がわからない。まる二日間横になっていて、三日目に熱が引いてソファを陽射しの差し込む部屋の隅に移動して起きて過ごす。

こんな時に読む本は息がつまるようなものは敬遠、いままで何度も読んできたがこの度文庫新装版がでた武田百合子さんのエッセイ『日日雑記』(新装版・中公文庫)を手元においた。武田百合子最後の著書であり、冒頭に〈−−いなくなった人たちに〉と言葉が添えられているからか、この本はいつもの観察力、ユーモアと澄んだ文章が彼女の他の著書以上に研ぎ澄まされているように思った。

昭和最後の三年を綴った雑記であり、頻繁に出てくる映画の話(あの頃、街角に乱立していたビデオショップなどが懐かしい)埴谷雄高、大岡昇平、吉行淳之介、昭和の文学者とのつきあいと同時に山荘の管理人、また代々木公園のホームレス、飼い猫の玉を見つめる目線が全て等価で深い愛があり秀逸である。私の先輩女優さんがあるパーティで百合子さんに会い、初めて同性のひとに嫉妬したと私に話され驚いたことがある。魅力的なひとであったのであろう。

「ある日」として括られ綴られた日々の思いはどこから読んでもすばらしい。対象に選んだもの、ひとへの興味と気分の描写にゾクゾクする。

人生で避けられないもの、哀しくて美しいのは別れの時である。深沢七郎氏の告別式に間に合わず、焼き場へ出発する車を少し離れたところらから拝み、見送る。もう主の居ない深沢宅の様子を見て、〈畑のような庭。植木や泥や石ころや板ぎれや、転がっているスコップや如雨露。柵の向こうの雑然とした景色。それらをさーっと見回し、目薬をさすように眼に入れて帰ってきた。〉親しい人との別れを、この様な客観的な描写で綴り、亡くなった当人の生活の在り様が偲ばれる鮮やかな文章だと思う。

昭和の時代……。著書を読んでいて私は若かったあの頃、ひたすらに前を向き何かを追い求めて過ごした自分は、本当に大事なことを見過ごしてきたのではないかと、まだ少し火照っている身体で思っていた。

そして風邪が抜けて巡回バスに乗り駅前の書店へ行き、読みたかった益田ミリさんの『ツユクサナツコの一生』新潮社)を購入した。

私は益田ミリさんの漫画のファンなのである。柔らかなシンプルな画、穏やかな関西の言葉(私も関西育ち)、そして彼女の含羞、父親の存在も老いた私を引きずりこむ。益田さんの作品はどこかに一コマ空白があったり、また引いた画が読者の想像に任せ、こちらに何かを問いかけている。

この本は、淡々とコロナ禍の日常生活を描いている。わかり合おうとする人たちの苦悩と思いやりの物語、結末には静謐な驚きがある。著者の滋味のある言葉を数箇所書き出してみた。

〈人生で大切なことって/帰りたいところに/帰れることや〉

〈いばるんはまだマシやわ/ホンマにしょうもないのは/見下してくるタイプや〉〈なんやろな/見下してええと信じとる理由が、薄ら寒いんやよな〉

〈いつか自分が死ぬときって、/どんな感じなんやろ〉〈いつか絶対死ぬってわかってて生きてるのって/よう考えたら凄まじいよな〉

著書『ツユクサナツコの一生』を読むにあたり私は自家製の益田ミリ眼鏡をかけてみた。作品にはその眼鏡が感知する透明感があり、レンズに映る日常のゆらぎ、移ろいとあいまって著者自身の生きることへの真摯な姿勢が見えてくるのだ。その書き割り風の景色、家の中は距離感を持たないだけに暗示に満ちている。

コロナのマスク生活のあの二年を異様な体験として共感する時間が流れ、私もあの頃を忘れることはない。

益田ミリ眼鏡を外すと、武田百合子さんがコロナの時を生きてらしたらどんな「ある日」を書かれたのだろうかとも思った。

【書評について】2022年10月から『サンデー毎日』の書評「遠回りの読書」を担当して、2025年4月20日号で18回目を迎えました。この度、広く皆様にお読み頂きたく、毎日新聞出版社のご厚意によって原稿を転載させて頂けることになりました。毎月1回の更新でnoteに「書評」として投稿致します。ぜひご覧ください。

(*紹介した本からの引用は〈 〉になっています)

書評08『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』坂本龍一著/『ぼくはこんな音楽を聴いて育った』大友良英著

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(2023115日号掲載)

昨年末、彼の配信されたピアノ・ソロ、その最後の演奏を観た。鍵盤に触れる指先、その手の動きは静かに虚空を舞う。馴染みのある楽曲も全て聴くことができ、ゆったりとして深みのある編曲は流石だと感じ入り堪能した。その姿からは、痩せてはいたが演奏の集中力が醸し出す強さがあり、死の影を感じさせることなく、曲を聴かせるという一点でやはり超一流の音楽家の矜持を感じさせてくれ魅了された。そして彼、坂本龍一はこの一冊を残して私たちの前から、この世から消えてしまった。

『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』(新潮社)著者坂本龍一。

2014年に中咽頭癌が発覚してからの歳月を自らのモータリティ、死を見つめながら、消えかかる生命の灯のなかでの音楽、家族、パートナー、社会、友人、恩人、芸術などへの思索、知性を感じる圧倒的な著作であった(聞き手鈴木正文氏の寄り添いと構成が素晴らしい)。YMO時代からの音楽シーンと映画における存在、社会への提言……。著書を読んで彼が(少し歳下だが、彼は東京育ちで高校時代からの全共闘世代だった)1960年代後半から70年代の文化、風俗、芸術、あの頃に青春を駆け抜けた時代感覚を含め、彼が同時代、同世代の中で傑出した芸術家の一人であったことを改めて思った。

〈音楽は時間芸術だと言われます。時間という直線の上に作品の始点があり、終点に向かって進んでいく。だから時間はぼくにとって長年の大きなテーマでした。/それでも自分自身が健康だった頃は、どこか時間の永遠性や一方向性を前提としていたところがあったのですが、生の限定性に直面した今、これまでとは違った角度から考え直す必要があるのではないかと感じています〉

私も同じ2014年に病に倒れてからの十年は終わりの見えない後遺症と不安、健全な時には思いもしなかった生と死をリアルに抱えて過ごす日常の中で、自分では説明できない感情がこの著書には心に響く言葉と示唆に富む世界があった。彼は言葉で語り書くことで自己の内面に生じた不条理な部分を、精神のカオスに陥ることなく秩序あるものに変えられたのであろうか。

著者の知見は音楽のみならず映画においてもみられる、B・ベルトルッチ、A・イニャリトゥ、大島渚、そして小津安二郎への偏愛。残りの時間を意識したのであろう、失われてしまったことへのノスタルジー。

〈この光景はもうどこにも存在しないのだという『非在』の感覚がどうしようもないほど郷愁を誘ってしまう〉〈ゆえにぼくは、郷愁の感覚こそ、芸術の最大のインスピレーションのひとつだと思うんです〉。そして〈ガンになったのも何か理由があるのだろうし、結果的にそれで亡くなってしまっても、それはそれで本来の人生だったんだ、と達観している部分もある〉。また〈そして死んだらお星様になるという素朴なファンタジーを、今のぼくは決して否定したくありません〉。死と向きあう覚悟とそのロマネスクな想いが胸を打つのである。

彼がもうこの世にいないことに呆然としながらも、この本を残してくれたことにありがとうと言いたい。寂しさと同時にシンとした気配に包まれ、次は私なのだとの気持ちにもなり、今の、つかのまの自分の生を噛みしめている。

現代の日本の音楽シーンを担っている一人、大友良英。著作『ぼくはこんな音楽を聴いて育った』(筑摩書房)をひっぱり出して読んだ。題名の通り、著者の子供の頃からの音楽遍歴である。〈あまりにもプライベートな、恥ずかしくもある内容ですが、でも、ボクにとっての音楽は、いつでも個人的な記憶とごっちゃにあるものなんです〉。軽いタッチでユーモアもあり、味わい深いがその記憶が音楽への愛と深さが半端ではなくて、その時々の時代背景が鮮やかに見えてくる。それは彼が作り出すサウンドもドラマの劇伴作品(日本の朝に溶け込んだ朝ドラ「あまちゃん」等)も、大きな構えとひろがりが見え、ポップでディープな音楽遍歴が鮮やかに立ちあがってくるのだ。そこが彼のレアな立ち位置であり、ブレがない。文字通りあらゆる音を楽しむ彼の脳裡には、音は音楽は、瞬間に感光して、焼き付くものなのだろう。

坂本龍一氏の著書には亡くなる間際まで友人である大友さんに提供する音源を作っていたとあった。

【書評について】2022年10月から『サンデー毎日』の書評「遠回りの読書」を担当して、2025年4月20日号で18回目を迎えました。この度、広く皆様にお読み頂きたく、毎日新聞出版社のご厚意によって原稿を転載させて頂けることになりました。毎月1回の更新でnoteに「書評」として投稿致します。ぜひご覧ください。

(*紹介した本からの引用は〈 〉になっています)

書評07『小津安二郎 老いの流儀』米谷伸之介著/『アライバル』ショーン・タン著

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(2023910日号掲載)

小津安二郎生誕百二十年。〈なんでもないことは流行に従う、重大なことは道徳に従う、芸術のことは自分に従う。〉有名な小津の言葉である。

小津監督の映画作品に関しての考察書籍は多いが、小津の言葉(映画のセリフ、小津自身のインタビューなど)による構成で老いに迫った『小津安二郎老いの流儀』米谷紳之介著(双葉社)を読んでみた。映画を観ていると物語の流れに魅入られ、引き込まれてしまうので、こうして違う角度からの本書を読んでいると何故か小津映画にまつわる私の想い出が甦ってきたのであった。小津作品を主に観たのは銀座にあった名画座の並木座。そして二十年前、生誕百年記念の京橋フィルムセンターでの全作品公開。一日三本立ての作品、お茶とおにぎりなど用意して何日も通ったことを思い出す。「東京物語」は国内外で評価が高いが、私は「麦秋」が好きだった。

そして今は自分の老いもあり、また次の理由で、遺作となった「秋刀魚の味」を、ことあることに配信されたものを観ている。

私は二十代後半から三十代は新劇の舞台に立っていた。それも中村伸郎さん、岸田今日子さんとの共演が大半で、その頃このお二人はアトリエ、小劇場での日本の新作書き下ろしの作品(別役実さんなど)に絞って、演っておられた。若い私は芝居とか演技とかでなくて、ただただお二人の側にいることが楽しくて幸せだった。あの人たちとまるでグルになったようで嬉しくて無我夢中の演劇での日々であった。

今、私は老いて、あの頃のことを、お二人と過ごした時間を思い出して「秋刀魚の味」を観る。この映画には老いの孤独とわびしさがあり、洗練を極めた小津映画の集大成ともいうべき遺作なのだが、私には小津作品の常連だった中村さん、岸田今日子さんのお二人に出逢える作品なのである。この「秋刀魚の味」でのバーのママとしての今日子さんの穏やかな笑みは、彼女の他の映画、ドラマ作品では見られない。この映画でしかあの生の今日子さんの微笑みには出逢えない。中村伸郎さんには稽古が終わり、通りで車に乗られるまで後にくっついて送って行ったが「有難う、でもシオミくん、私にはかまわなくてもいいよ」といつも言われた。それはあの中村さん独特のシニカルなセリフのもの言い、言葉に抑揚をつけない小津映画での中村さんの演技そのものであった。小津作品のモダニズムをお二人は実生活でも持ち合わせていらした。俳優の演技について小津監督はこんな言葉を残している。

〈巧いのが身についちゃいかんのじゃないかね。巧いというものは離れているのだからね。そのものの本質からね。〉

お二人にも同じようなことを言われていた気がする。残された映画のセリフ、小津自身の言葉は深みと矜持、屈託、ユーモアがあり、本書に書かれた、どの言葉も私たちの老いへの示唆に富み心得になる。時局に惑わされることなく己の道を映画で語った作家であるが、自身の体験した先の戦争については、劇中で苦い言葉(セリフ)を語らせている。本書はこう結んでいる。

〈小津は『秋刀魚の味』公開の翌年、十二月十二日の還暦の誕生日に人生の幕を閉じる。その生涯を一つの映画と考えれば、これも小津らしいエンドマークの打ち方なのかもしれない。映画はエンドマーク後のあと味が勝負だと語った小津の言葉に倣えば、ぼくたちは六十年経った今も小津が残した映画のあと味を噛みしめていることになる〉

正直、私の老いの道は手探りであるが昔の想い出を甦らせて、歳を重ねる喜びというものもある。私にもあんな一途な刻が時代があったのだ。小津の世界が私に貴いあと味を残してくれている。

反対に言葉のない世界、絵だけでストーリーを読者の想像力にまかせた、まるで静止したサイレント映画のような異色の問題作『アライバル』著者ショーン・タン(河出書房新社)。〈新たな土地に移民した者が、その土地で生まれ変わり、新生児のように成長していく。そこには過去の自分を捨てなければ……〉とのリードの文章がついているが、私は絵を自分の記憶とコラージュして並置させ、つなぎ合わせるように私の脳内にこの本を誘いこみ読んだが、上手く最後までは繋がらなかった。しかし思い切った想像への刺激はあった。

【書評について】2022年10月から『サンデー毎日』の書評「遠回りの読書」を担当して、2025年4月20日号で18回目を迎えました。この度、広く皆様にお読み頂きたく、毎日新聞出版社のご厚意によって原稿を転載させて頂けることになりました。4月から毎月1回の更新でnoteに「書評」として投稿致します。ぜひご覧ください。

(*紹介した本からの引用は〈 〉になっています)