秋の日に作家・島村利正を読む

猛々しいほどの夏の暑さから急に涼しくなり、大型の台風、大雨で、11月に入ると、真っ青の空が続く。こんな日は、以前は東京駅までバスで10分位の所に住む私は「一日旅」と名付けて、小田原、熱海、長野の善光寺・上田の柳町通りのルヴァンの二階、旧い街並みの栃木市と、朝早く出て夜には帰る日帰り旅をよく楽しんだ。

今年の秋は世の中が何やらやたらと騒がしい。書棚から島村利正の文庫本『奈良登大路町・妙高にて』を10年ぶりにぬきだした。秋の穏やかな日差しの中、島村利正を読む。奈良の飛鳥園には「奈良登大路町」に書かれた本の通りに行けた。飛鳥園には中庭があり、そこが喫茶になっており、飛鳥園で買った写真集などを見ながらコーヒーで寛いだ。

「仙酔島」の鞆の浦も福山での撮影ロケで行った。舟にも乗った。今もあの常夜灯が建つ、鞆の浦の美しい情景を覚えている。「残菊抄」は向島から大川を渡り柳橋、人形町、日本橋、菊を売り歩く娘の道順が今と変わらない。そして私のよく知る佃島の「佃島薄暮」。こうして、この秋の深い青空の下で再び島村利正の作品を読むと、その静寂さ、街並と風景が人の生き様と情に見事に絡み合い、小林清親の版画を観るが如く静止画の様でもある。書かれているのは昭和の初期と戦争前後の話であるが、人間のうたかたの生を、愛情を持って書かれていて、静かな励ましのようなものを感じ取る。

前にこの本を読んだ時には、次に長野に行く時は妙高高原まで行きたいと思っていた。それから随分時間はかかったが、いつか季節の良い時に妙高へは行きたいなと思っている。読み終えて、DVDで小津安二郎監督の「麦秋」をまた観る。