書評11『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』桜木紫乃著/『江戸へおかえりなさいませ』杉浦日向子著

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(202447日号掲載)

〈あたしがソコ・シャネル。こっちのおばさんがフラワーひとみ、このおじさんがチャーリー片西。〉〈よろしくね〉昭和の頃……。

釧路の幣舞橋(ぬさまいばし)を渡りグランドキャバレー「パラダイス」に酔客として行く。

「オリーブの首飾り」を合図にマジック、シャンソン、ストリップの演し物でショウタイムが始まる。マジシャンがステージを終え、マイクを持った。

〈続きましては、シャンソン界にこの人ありと謳われた実力派歌手の登場でございます。人生の浮き沈みから日の光その影まですべてを歌い上げたとき、人はみな心に灯る灯(ともしび)を知るでしょう。今宵心にソコ・シャネル〉拍手の中、〈―希望という名の あなたをたずねて〉〈歌い出しの声が地の底から湧き上がるような恐ろしさを放った。〉

聴きたい…観たい。

桜木紫乃さんの『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』(角川文庫)が文庫化された。私の中に溶け込んだ、あの四人に逢いたくて何度も読み返す。小説(物語)と出会い、読むことでしか味わえない悦びがある。マジック、歌、ストリップ、そして照明のことまでもすべてに完璧な裏付けがありプロとしての芸人たちが著書のなかで映像として浮かび、息づきリアルに立ち上がってくる。本作品には常に音楽が流れている。スウィングし、時にはスローなジャズを挟み、緩急をつけて著者は執筆中には身体を少し揺すりながら書かれているのではないかと思った。

四人のキャラクターがカルテットとして軽快なリズムを刻み、見事なハーモニーを奏でてクスッと笑わせてもくれるがそれは精一杯ゆえにこぼれ落ちる笑いであり、その流れのなかで、それぞれが抱えこむ過去も丁寧に書かれていて生きることの哀しみの描写、言葉は私の身体に入り沁みる。血を分けた身内よりも互いの一期一会の相手に心を開き気持ちを寄せ合い付き合う。出会いと別れを繰り返す生業を一生続け生計を立てている芸人たち、情があり、魅力的である。自分にとっても切実度の濃い作品であった。

私も虚構の仕事(映画、ドラマ)に携わってきた。その撮影現場ではその都度スタッフ共演者との出会いと別れを繰り返す。もう二度と組むことのない緊張感を保ちながら虚構(劇)での互いの繋がりを信じて擬似家族として成立するための撮影を続けていく。

著者は舞台に立つ芸人たちの異彩を放った在りようを通して、読者に芸というものの何たるかを投げかけて愉しませてくれる。

〈マジックを失敗しながら、ステージを成功させている〉〈その失敗で飯を食うという肝の据わり方がこの男の芸なのか。〉この自称、世界的有名なマジシャン。〈誰が聴いていなくても、アタシは歌う。底の底まで落ちたって、どんなどん底にいようとも、歌い続ける〉ソコ・シャネル、名の由来はどん底のソコなのだ。〈演歌もロックも、みんなシャンソンなの。ひとの生きる切なさや怒りを閉じ込めた歌は、みんなシャンソンと呼ぶのよ〉。

それぞれの人生をしたたかに生きる擬似家族としての彼、彼女らに混じり揉まれた「俺」が若い自分のこれからの生き方を次第に模索する。そして亡くなった父を思い起こし、疎遠だった母との新しい関係に踏み出す作劇には膨らみがあり温かい。最後には、作中に底通音として流れていた音楽は止み、その余韻の中での見事な結末が用意されている……泣いた。

人生の流れというものは自分にふさわしいところに自然に流れていき、あるべき出会いの縁に行き着くものだと桜木作品は教えてくれる。

過日、その擬似の家族を築くため映画の撮影で何度か東京に通った。東京を離れてまだ二年なのにその激変ぶりに驚いた。五十年以上過ごした東京。少し寂しく、江戸の匂いを求めて江戸暮らしの達人・杉浦日向子さんの著書『江戸におかえりなさいませ』(河出文庫)を読んだ。含蓄がある。江戸テンポは実にスローだったようで、なにごとにも八分の加減で、いつも挨拶を欠かさないのが江戸(東京)流とのこと。著書を読むことで肩の力がぬけ、これからの時代はオリジナルの生活スタイルを作らねばと思った。変わりゆくものをただ嘆くだけでなく、刻々と新しくなる今の東京に私のありし日の懐しい思いを重ね合わせると、見えてくる街が実に味わい深く変貌するのだった。

【書評について】2022年10月から『サンデー毎日』の書評「遠回りの読書」を担当して今年で4年目を迎えます。広く皆様にお読み頂きたく、2025年4月から毎日新聞出版社のご厚意によって過去に掲載した原稿を転載させて頂いています。毎月1回の更新でnoteに「書評」として投稿致していますので、ぜひご覧ください。

(*紹介した本からの引用は〈 〉になっています)

書評10『ふぞろいの林檎たちⅤ/男たちの旅路〈オートバイ〉山田太一未発表シナリオ集』山田太一著(頭木弘樹編)/『大きな字で書くこと/僕の一〇〇〇と一つの夜』加藤典洋著

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(202421825日号掲載)

演劇、映画と共に俳優としてのウイングをテレビドラマにも広げていたが、いつかはこの人の書かれた脚本作品に行き当たりたいと思っていた。昨年亡くなられた脚本家・山田太一ドラマ作品である。そして二本の山田作品に出演することが出来た。嬉しかった。はたして、テレビ局内でご本人にお会いした時、直接に一本目は褒められて、二本目は本読みの場で叱責された。あれから十年以上は経ったがその時のお言葉はずっと心に残っている。

ここにきて私は山田作品を演者としてでない角度から見てみようと山田太一著『ふぞろいの林檎たちV/男たちの旅路〈オートバイ〉山田太一未発表シナリオ集』(頭木弘樹編・国書刊行会)を読んでみた。「ふぞろいの林檎たち」の放映時は私も三十代半ばを越えていたので(劇中の若者世代ではなかった)、今回は気持ちを「男たちの旅路〈オートバイ〉」に絞ってみる。

市民が平穏に暮らす団地で暴走族の騒音に悩まされる住人が解決の糸口として警備会社に頼む。あの時代の社会問題ではあった。警備司令補にはこんな台詞を吐かせる。

〈社会というものは不都合な人間を切って行かなければ、忽ち目茶目茶になってしまうんだ。悪い事は悪い、としなくてどうする? 乱暴な人間が温和しくなれば、目出度いんだ。そういうもんなんだよ〉。かなり直接的な言葉である。そして若い警備員は、〈そうですかね。悪い事は悪い。そんな、ニュアンスのないことでいいんですかね〉。

世代対立としての会話劇は結論を出さずに、ここで終わっているが、そこからは暴走族とされているが実は普通の青年たち、それぞれの生活実態の描写からのト書き〈いつくしむようにキャメラ移動して〉雨の中、鉄屑置場に打ち捨てられた数台のバイク達の全景を映し出す。そのエンディングはドラマの余韻が沁み見事である。この未発表作品を観てみたいと思った。山田太一脚本は既にト書きで、差し込む街のカット、キャメラの動きや音楽を入れる箇所など、演出の領域まで細かく書き込まれている。

もう台詞を含め台本通りに演じることで成立していると思っていたが、こうしてこの作品を読んでいても完璧な脚本ではあるが、だからといって山田作品は誰にでも出来るというものではないのだ。やはり司令補鶴田浩二(戦後の特攻隊生き残りである)の存在ありきで読んでしまう。時代とともに書き、その時々の俳優にこだわられた人だったのだと思う。また、山田さんは以前、ドラマは〈いわくいいがたい〉曖昧で多様な現実を、〈いわくいいがたい〉まま言語化せずにある世界である、とも書き残されている。稀有な脚本家でありながら言葉、台詞を超えるものとして映像作品を捉えられていたのだ。この未発表シナリオ集を読んでいて、山田太一作品の世界を少しでも生きられた私は幸せなテレビドラマの時代を享受したのだが、時間を巻き戻して、山田さんを前にしたあの緊迫した本読みの現場に、もう一度立ちたいと夢のように思うのであった……。

いわゆる社会的な政治時評、歴史認識、書籍の解説等多くの評論をしてきた文芸評論家・加藤典洋氏の著書『大きな字で書くこと/僕の一〇〇〇と一つの夜』(岩波現代文庫)。

辛口論評の著者が自分の私的なコラムをまとめた前半は、言葉は〈考えるための武器〉としていた著者が〈簡単に一つのことだけ書く文章とはどういうものだったか。それを私は思い出そうとしている〉〈大きな字で書いてみると、何が書けるか〉。

著者の言葉とのつきあいの変化が新鮮であり興味深く読んだ。後半からの詩集。詠まれた詩歌にはそれぞれに心を打つ情感があった。闘病中の詩作だったという。著書は加藤氏が初めて自分自身の内なるものに切り込んであえて言葉を平易にし、柔らかい心情をこの世に残そうとした一冊なのだと思った。

〈自転車に乗っていて上り坂にかかると、ギアを一つ落とす。スピードは出ないが、ほどほどの力で坂を上ることができるようになる。

それは一つの退歩だが、そうであることで私たちを新しい場所に連れ出す〉

私はたとえそれが少し硬くとも胆力を持って口の中に放り込み、噛みくだきながら、時間をかけて言葉にし、行きつ戻りつの日々を出来得る限り、自分の速度に合わせて送りたい。

【書評について】2022年10月から『サンデー毎日』の書評「遠回りの読書」を担当して今年で4年目を迎えます。広く皆様にお読み頂きたく、2025年4月から毎日新聞出版社のご厚意によって過去に掲載した原稿を転載させて頂いています。毎月1回の更新でnoteに「書評」として投稿致していますので、ぜひご覧ください。

(*紹介した本からの引用は〈 〉になっています。また原稿の時制は掲載当時のものです)

時代劇をロンドンで観た。映画と字幕、そして仲代達矢さんのこと

今から半世紀ほど前、1972年、私はバックパッカーとしてロンドンを旅していた。
ある映画館(たぶんピカデリーサーカスあたり)だったと思うが、「日本映画の特集」で黒澤明監督の「椿三十郎」がかかっていて観に行った。
映画の中で「あなたはお幾つですか?」と問われ、三船敏郎の三十郎が「三十で、もうすぐ四十郎だが」と答えるシーンがあり、日本語だと笑えるところだが英語字幕だと「forty」となり、おかしみがでない。字幕って難しいなと思ったのだった。
この映画では三船三十郎の敵役として仲代達矢さんが出ているのだが、彼がスクリーンに現れると観客からは「タイガー!タイガー!」の掛け声がかかって、仲代さんはイギリスではタイガーとして認知されていたので驚いたのだった。仲代さんの訃報に、こんなエピソードを思い出したのだ。

ウチの猫(ウズラくん)の冬のある一日

日に日に、寒くなってきてウズラはいつも家の中で暖かいところを見つけてうずくまって寝ている。
このところは午後は2階の陽当たりの良い場所でまるまっていて、陽が落ち暗くなると降りてきて、ホットカーペットの上で私の側にいるのだが、昨日は外が真っ暗になっても全然降りてこないので心配になった。
二階へ見に行くと、お向かいの家がクリスマスのために飾りだした大きなネオンサインがピカピカ光っていて、ウズラはそれをおとなしくジッと見ているのだった……。私は声をかけずに、そのまま下に降り居間に戻った。そういえば隣家からのピアノの音も静かに聴いているなと思い、少し彼(ウズラくん)のことがわかったような気がして嬉しくなったのだった。

書評09『日日雑記』武田百合子著/『ツユクサナツコの一生』益田ミリ著

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(2023年12月24日号掲載)

季節の変わり目、ある日、いきなり39度の発熱、とんでもなく苦しくこれはもしかしてと、翌朝直ぐに発熱外来を予約して病院に駆け込んだ。パーティションに区切られ抗原検査、ついにコロナか……。15分、診察室で検査結果、陰性。風邪とのこと、処方箋をもらい、直ぐに帰宅。自宅での安静。ジッとベッドに横になっていたがその日も夜中になっても熱が下がらない。肺炎を心配して医師は熱と咳が治るまで安静にと。病院での絶対安静は経験したが自宅での安静状態というものの加減がわからない。まる二日間横になっていて、三日目に熱が引いてソファを陽射しの差し込む部屋の隅に移動して起きて過ごす。

こんな時に読む本は息がつまるようなものは敬遠、いままで何度も読んできたがこの度文庫新装版がでた武田百合子さんのエッセイ『日日雑記』(新装版・中公文庫)を手元においた。武田百合子最後の著書であり、冒頭に〈−−いなくなった人たちに〉と言葉が添えられているからか、この本はいつもの観察力、ユーモアと澄んだ文章が彼女の他の著書以上に研ぎ澄まされているように思った。

昭和最後の三年を綴った雑記であり、頻繁に出てくる映画の話(あの頃、街角に乱立していたビデオショップなどが懐かしい)埴谷雄高、大岡昇平、吉行淳之介、昭和の文学者とのつきあいと同時に山荘の管理人、また代々木公園のホームレス、飼い猫の玉を見つめる目線が全て等価で深い愛があり秀逸である。私の先輩女優さんがあるパーティで百合子さんに会い、初めて同性のひとに嫉妬したと私に話され驚いたことがある。魅力的なひとであったのであろう。

「ある日」として括られ綴られた日々の思いはどこから読んでもすばらしい。対象に選んだもの、ひとへの興味と気分の描写にゾクゾクする。

人生で避けられないもの、哀しくて美しいのは別れの時である。深沢七郎氏の告別式に間に合わず、焼き場へ出発する車を少し離れたところらから拝み、見送る。もう主の居ない深沢宅の様子を見て、〈畑のような庭。植木や泥や石ころや板ぎれや、転がっているスコップや如雨露。柵の向こうの雑然とした景色。それらをさーっと見回し、目薬をさすように眼に入れて帰ってきた。〉親しい人との別れを、この様な客観的な描写で綴り、亡くなった当人の生活の在り様が偲ばれる鮮やかな文章だと思う。

昭和の時代……。著書を読んでいて私は若かったあの頃、ひたすらに前を向き何かを追い求めて過ごした自分は、本当に大事なことを見過ごしてきたのではないかと、まだ少し火照っている身体で思っていた。

そして風邪が抜けて巡回バスに乗り駅前の書店へ行き、読みたかった益田ミリさんの『ツユクサナツコの一生』新潮社)を購入した。

私は益田ミリさんの漫画のファンなのである。柔らかなシンプルな画、穏やかな関西の言葉(私も関西育ち)、そして彼女の含羞、父親の存在も老いた私を引きずりこむ。益田さんの作品はどこかに一コマ空白があったり、また引いた画が読者の想像に任せ、こちらに何かを問いかけている。

この本は、淡々とコロナ禍の日常生活を描いている。わかり合おうとする人たちの苦悩と思いやりの物語、結末には静謐な驚きがある。著者の滋味のある言葉を数箇所書き出してみた。

〈人生で大切なことって/帰りたいところに/帰れることや〉

〈いばるんはまだマシやわ/ホンマにしょうもないのは/見下してくるタイプや〉〈なんやろな/見下してええと信じとる理由が、薄ら寒いんやよな〉

〈いつか自分が死ぬときって、/どんな感じなんやろ〉〈いつか絶対死ぬってわかってて生きてるのって/よう考えたら凄まじいよな〉

著書『ツユクサナツコの一生』を読むにあたり私は自家製の益田ミリ眼鏡をかけてみた。作品にはその眼鏡が感知する透明感があり、レンズに映る日常のゆらぎ、移ろいとあいまって著者自身の生きることへの真摯な姿勢が見えてくるのだ。その書き割り風の景色、家の中は距離感を持たないだけに暗示に満ちている。

コロナのマスク生活のあの二年を異様な体験として共感する時間が流れ、私もあの頃を忘れることはない。

益田ミリ眼鏡を外すと、武田百合子さんがコロナの時を生きてらしたらどんな「ある日」を書かれたのだろうかとも思った。

【書評について】2022年10月から『サンデー毎日』の書評「遠回りの読書」を担当して、2025年4月20日号で18回目を迎えました。この度、広く皆様にお読み頂きたく、毎日新聞出版社のご厚意によって原稿を転載させて頂けることになりました。毎月1回の更新でnoteに「書評」として投稿致します。ぜひご覧ください。

(*紹介した本からの引用は〈 〉になっています)

書評08『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』坂本龍一著/『ぼくはこんな音楽を聴いて育った』大友良英著

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(2023115日号掲載)

昨年末、彼の配信されたピアノ・ソロ、その最後の演奏を観た。鍵盤に触れる指先、その手の動きは静かに虚空を舞う。馴染みのある楽曲も全て聴くことができ、ゆったりとして深みのある編曲は流石だと感じ入り堪能した。その姿からは、痩せてはいたが演奏の集中力が醸し出す強さがあり、死の影を感じさせることなく、曲を聴かせるという一点でやはり超一流の音楽家の矜持を感じさせてくれ魅了された。そして彼、坂本龍一はこの一冊を残して私たちの前から、この世から消えてしまった。

『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』(新潮社)著者坂本龍一。

2014年に中咽頭癌が発覚してからの歳月を自らのモータリティ、死を見つめながら、消えかかる生命の灯のなかでの音楽、家族、パートナー、社会、友人、恩人、芸術などへの思索、知性を感じる圧倒的な著作であった(聞き手鈴木正文氏の寄り添いと構成が素晴らしい)。YMO時代からの音楽シーンと映画における存在、社会への提言……。著書を読んで彼が(少し歳下だが、彼は東京育ちで高校時代からの全共闘世代だった)1960年代後半から70年代の文化、風俗、芸術、あの頃に青春を駆け抜けた時代感覚を含め、彼が同時代、同世代の中で傑出した芸術家の一人であったことを改めて思った。

〈音楽は時間芸術だと言われます。時間という直線の上に作品の始点があり、終点に向かって進んでいく。だから時間はぼくにとって長年の大きなテーマでした。/それでも自分自身が健康だった頃は、どこか時間の永遠性や一方向性を前提としていたところがあったのですが、生の限定性に直面した今、これまでとは違った角度から考え直す必要があるのではないかと感じています〉

私も同じ2014年に病に倒れてからの十年は終わりの見えない後遺症と不安、健全な時には思いもしなかった生と死をリアルに抱えて過ごす日常の中で、自分では説明できない感情がこの著書には心に響く言葉と示唆に富む世界があった。彼は言葉で語り書くことで自己の内面に生じた不条理な部分を、精神のカオスに陥ることなく秩序あるものに変えられたのであろうか。

著者の知見は音楽のみならず映画においてもみられる、B・ベルトルッチ、A・イニャリトゥ、大島渚、そして小津安二郎への偏愛。残りの時間を意識したのであろう、失われてしまったことへのノスタルジー。

〈この光景はもうどこにも存在しないのだという『非在』の感覚がどうしようもないほど郷愁を誘ってしまう〉〈ゆえにぼくは、郷愁の感覚こそ、芸術の最大のインスピレーションのひとつだと思うんです〉。そして〈ガンになったのも何か理由があるのだろうし、結果的にそれで亡くなってしまっても、それはそれで本来の人生だったんだ、と達観している部分もある〉。また〈そして死んだらお星様になるという素朴なファンタジーを、今のぼくは決して否定したくありません〉。死と向きあう覚悟とそのロマネスクな想いが胸を打つのである。

彼がもうこの世にいないことに呆然としながらも、この本を残してくれたことにありがとうと言いたい。寂しさと同時にシンとした気配に包まれ、次は私なのだとの気持ちにもなり、今の、つかのまの自分の生を噛みしめている。

現代の日本の音楽シーンを担っている一人、大友良英。著作『ぼくはこんな音楽を聴いて育った』(筑摩書房)をひっぱり出して読んだ。題名の通り、著者の子供の頃からの音楽遍歴である。〈あまりにもプライベートな、恥ずかしくもある内容ですが、でも、ボクにとっての音楽は、いつでも個人的な記憶とごっちゃにあるものなんです〉。軽いタッチでユーモアもあり、味わい深いがその記憶が音楽への愛と深さが半端ではなくて、その時々の時代背景が鮮やかに見えてくる。それは彼が作り出すサウンドもドラマの劇伴作品(日本の朝に溶け込んだ朝ドラ「あまちゃん」等)も、大きな構えとひろがりが見え、ポップでディープな音楽遍歴が鮮やかに立ちあがってくるのだ。そこが彼のレアな立ち位置であり、ブレがない。文字通りあらゆる音を楽しむ彼の脳裡には、音は音楽は、瞬間に感光して、焼き付くものなのだろう。

坂本龍一氏の著書には亡くなる間際まで友人である大友さんに提供する音源を作っていたとあった。

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書評07『小津安二郎 老いの流儀』米谷伸之介著/『アライバル』ショーン・タン著

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(2023910日号掲載)

小津安二郎生誕百二十年。〈なんでもないことは流行に従う、重大なことは道徳に従う、芸術のことは自分に従う。〉有名な小津の言葉である。

小津監督の映画作品に関しての考察書籍は多いが、小津の言葉(映画のセリフ、小津自身のインタビューなど)による構成で老いに迫った『小津安二郎老いの流儀』米谷紳之介著(双葉社)を読んでみた。映画を観ていると物語の流れに魅入られ、引き込まれてしまうので、こうして違う角度からの本書を読んでいると何故か小津映画にまつわる私の想い出が甦ってきたのであった。小津作品を主に観たのは銀座にあった名画座の並木座。そして二十年前、生誕百年記念の京橋フィルムセンターでの全作品公開。一日三本立ての作品、お茶とおにぎりなど用意して何日も通ったことを思い出す。「東京物語」は国内外で評価が高いが、私は「麦秋」が好きだった。

そして今は自分の老いもあり、また次の理由で、遺作となった「秋刀魚の味」を、ことあることに配信されたものを観ている。

私は二十代後半から三十代は新劇の舞台に立っていた。それも中村伸郎さん、岸田今日子さんとの共演が大半で、その頃このお二人はアトリエ、小劇場での日本の新作書き下ろしの作品(別役実さんなど)に絞って、演っておられた。若い私は芝居とか演技とかでなくて、ただただお二人の側にいることが楽しくて幸せだった。あの人たちとまるでグルになったようで嬉しくて無我夢中の演劇での日々であった。

今、私は老いて、あの頃のことを、お二人と過ごした時間を思い出して「秋刀魚の味」を観る。この映画には老いの孤独とわびしさがあり、洗練を極めた小津映画の集大成ともいうべき遺作なのだが、私には小津作品の常連だった中村さん、岸田今日子さんのお二人に出逢える作品なのである。この「秋刀魚の味」でのバーのママとしての今日子さんの穏やかな笑みは、彼女の他の映画、ドラマ作品では見られない。この映画でしかあの生の今日子さんの微笑みには出逢えない。中村伸郎さんには稽古が終わり、通りで車に乗られるまで後にくっついて送って行ったが「有難う、でもシオミくん、私にはかまわなくてもいいよ」といつも言われた。それはあの中村さん独特のシニカルなセリフのもの言い、言葉に抑揚をつけない小津映画での中村さんの演技そのものであった。小津作品のモダニズムをお二人は実生活でも持ち合わせていらした。俳優の演技について小津監督はこんな言葉を残している。

〈巧いのが身についちゃいかんのじゃないかね。巧いというものは離れているのだからね。そのものの本質からね。〉

お二人にも同じようなことを言われていた気がする。残された映画のセリフ、小津自身の言葉は深みと矜持、屈託、ユーモアがあり、本書に書かれた、どの言葉も私たちの老いへの示唆に富み心得になる。時局に惑わされることなく己の道を映画で語った作家であるが、自身の体験した先の戦争については、劇中で苦い言葉(セリフ)を語らせている。本書はこう結んでいる。

〈小津は『秋刀魚の味』公開の翌年、十二月十二日の還暦の誕生日に人生の幕を閉じる。その生涯を一つの映画と考えれば、これも小津らしいエンドマークの打ち方なのかもしれない。映画はエンドマーク後のあと味が勝負だと語った小津の言葉に倣えば、ぼくたちは六十年経った今も小津が残した映画のあと味を噛みしめていることになる〉

正直、私の老いの道は手探りであるが昔の想い出を甦らせて、歳を重ねる喜びというものもある。私にもあんな一途な刻が時代があったのだ。小津の世界が私に貴いあと味を残してくれている。

反対に言葉のない世界、絵だけでストーリーを読者の想像力にまかせた、まるで静止したサイレント映画のような異色の問題作『アライバル』著者ショーン・タン(河出書房新社)。〈新たな土地に移民した者が、その土地で生まれ変わり、新生児のように成長していく。そこには過去の自分を捨てなければ……〉とのリードの文章がついているが、私は絵を自分の記憶とコラージュして並置させ、つなぎ合わせるように私の脳内にこの本を誘いこみ読んだが、上手く最後までは繋がらなかった。しかし思い切った想像への刺激はあった。

【書評について】2022年10月から『サンデー毎日』の書評「遠回りの読書」を担当して、2025年4月20日号で18回目を迎えました。この度、広く皆様にお読み頂きたく、毎日新聞出版社のご厚意によって原稿を転載させて頂けることになりました。4月から毎月1回の更新でnoteに「書評」として投稿致します。ぜひご覧ください。

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書評06『明日も一日きみを見てる』角田光代著/『あらわれしもの』最上一平著、ささめやゆき絵

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(2023716日号掲載)

通じ合うはずのない回路に、なにやら温かいものがまじり響きあう。

私は人の目を見て話すことが苦手である。だからといって、相手に対していい加減なことを言っているわけではない。少し目線を落としてはいるが、正直にものを言い、キチンと伝えたいことを話す。多分、相手にも通じている……と思う。もうここまで来たら、人間社会ではしかたがない。

「キミ、その棒みたいなものは何だい?」「うん、これは杖と言ってね、歩く時には便利なんだ」「ふーん、まっ、いいか、オイラについて来なよ、一緒に散歩に行ってやるよ」「お願いします……」庭を横切り、人通りのない静かな通りに出る。後を付いて行くが三軒先の大きな庭の家の前まで来るといつの間にかいなくなる。あまりの私のユックリとした歩きに呆れ、また愚痴を聴くのもウンザリなのであろう、天気の良い日はそんなことのくりかえしなのであった。

引っ越してきて二年になる。庭先に黒猫(黒ゴマと勝手にウチで名付けている)が姿を見せるようになって半年、黒ゴマくんはいつもジッと私の目を見てくれるので、私も思わずその目に引き込まれて見返して話しかける。

角田光代さんの『明日も一日きみを見てる』(KADOKAWA)を読む。前作の『今日も一日きみを見てた』の続編で、著者と愛猫トトちゃんが無条件に向き合う愛情あふれる生活交流エッセイである(著者の一軒家への引越し猫エピソードもある)。そこで、著書にならい私たちも高層住宅から一軒家に引っ越したのを機に、諸事情で飼えなかった念願の猫との暮らしを思い、ウチで飼う決断をした。

さくら耳の黒ゴマくんに、その目を見て聞いてみた、「どうだいウチの猫になるかい?」黒ゴマ君はジーと考えていたようだが、「フンッ」と頭を傾げて、隣家との境になる塀に駆け上がり向こうに消えた。何軒かの家に出入して自由に暮らす道を行くんだなと……。それで保護猫譲渡カフェに行き、家のものが直感で決めた猫(生後七ヶ月オス)がやってきた。名前はうずら豆模様なのでウズラと名付けた。ゴロンゴロンと懐くが、歩きやジャンプはサバンナのライオンの歩きのように(実際には見たことはないが)格好が良い。テレビで岩合さんのネコ番組を観ていたら、いきなりテレビの画面をめがけて飛び込んだ。二、三匹の猫たちが画面には映っていたので仲間と思ったのだろう。保護猫カフェでは他の猫たちと遊んでいたのだからな。生後三週間で置き去りにされていたらしい。テレビ画面に飛びつく様を見ていたら、この子は精一杯生きてきたんだと胸が締め付けられた。

角田さんが猫(トト)に身も心も全開して書かれているこの本は猫界初心者の抱える緊張や不安をユーモアに変えてくれる。愉しみながらも有難い著書なのである。

家の中の空気に柔らかな風が吹き、何もかも見透かされたような驚きがやってきた。生命あるものは全てが繋がりあっていることをあらためて思う。まだ一歳足らず、ウズラは私よりきっと長く生きるであろう、ウチの人たちを頼みますよ、と話しかけたりする。ウズラはわかったよ、とばかりにゴロンゴロンと伸びをして転げる。

著者のあとがきが胸に落ちる。〈ものごとは変わっていく。だから、せめて私の日々に大きな変化がないようにと、思うようになった。猫のいる暮らしのしずけさのなかにいたい。昨日と同じ今日、今日と同じ明日をくり返していきたい。それこそが幸福だと思うようになった〉

小さきものが私の中にジワッと立ち上がり、そこにあらわれたものに感情を寄せていく静かな時間。こんな気分に包まれた時には、いつも手に取る本がある。『あらわれしもの』最上一平著、ささめやゆき絵/新日本出版社)である。

山里の集落に住む老人たちの短編集。亡くした妻との一夜の出逢い、一歳二ヶ月の孫とのたどたどしい交流と夢想。今はこのような本の世界のやさしさに紛れこみたい。

今日は留守番である私の前にウズラは安心しきって身を投げ出し寝そべっている、ときどきふりむいて私を確かめる。目が合う、思わず笑みがこぼれる。

今度逢う人には、ジッと目を見て話してみようかな……と思う。

【書評について】2022年10月から『サンデー毎日』の書評「遠回りの読書」を担当して、2025年4月20日号で18回目を迎えました。この度、広く皆様にお読み頂きたく、毎日新聞出版社のご厚意によって原稿を転載させて頂けることになりました。4月から毎月1回の更新でnoteに「書評」として投稿致しています。ぜひご覧ください。

(*紹介した本からの引用は〈 〉になっています)

書評05 『晴れときどき涙雨』髙田郁著/『あなたの牛を追いなさい』升野俊明、松重豊共著

『サンデー毎日』「遠回りの読書」から(2023521日号掲載)

私がその人と会ったのは江戸時代の大坂、橋のたもと、真冬であったが、辺りは淡い陽射しに包まれていた。撮影現場、ドラマの原作者と役の中の人としてである。作家・髙田郁さん。

あの日から随分と歳月が経った。そして今、刊行された髙田さんのエッセイ『晴れときどき涙雨』(ハルキ文庫)を手に取り、ゆっくりとあの日をたぐり寄せるかのように読む。

温かい心の機微が著書各編のエピソードの芯を貫いている。著者が出逢う人と相互に心を開いていく世界の描写には、私たちが今、どうしても捨ててはいけない感情が呼び起こされる。

〈哀しみと苦さと滑稽とが胸に込み上げて、私は涙を零しながら笑った〉

著者の身の回りにおきたリアルなこと(行き交った友情、家族への想い、体験された震災の現実、幼き日への回顧、市井の人たちとの出会いと別れ、夢を追いかけた青春の日々)、その時々の記憶はいつの時代も漂白されることのない人間関係が色づき鮮やかである。

ただ揺さぶられた心情を、感じたことを、著者が持つ独自の目線を持って書かれた各編はしみじみとして、まるで短編の物語を読んでいるようで、何度も読み返してしまう。

私は病の後遺症のせいなのか、いっとき食に変化があらわれた。心配した妻が著者の小説『みをつくし料理帖』の〈何かを美味しい、と思えれば生きることができる〉を思い、「今日は『みをつくし料理帖』からの……」等と言って一品を作ってくれたりして、私も徐々に元通りの食生活に戻っていったこともある。作品が現実とクロスして生活の中を行き交ったのだった。

人には歓びもあれば悲しみもあり、他人には計り知れない労苦があるのは、みんな当然のように知っている。しかし、昨今は大きな同じ感情の塊にのみ込まれ、一人一人の個人に対する温かくもひたむきな対応と想像力が欠けているのではと。そこのところの感情が痩せてしまうと駄目なのだとこのエッセイを読み、つくづく思った。

人間を突き動かすものは何だろう……。髙田さんがいろいろな現実の暮らしのなかで懸命に生きている人たちの息づかいに合わせて一緒になって歩き続けてこられた18年間の出来事をまとめ記された記憶の一冊。

〈あなたが幸せなら、遠くからそっと。/悲しみや苦しみに押し潰されそうならば、その傍らに。〉著書が語りかけている。

俳優という生業は、劇場の舞台に立ち、カメラの前で何者かになり虚の世界を生き、そして自分自身の日常(実生活)を送る。この二つの世界の呼吸の仕方は当然違うであろう。しかし長くその生活が続くと、二極化された現実は溶け合い、自然に身体は馴染んでいくものと思う。だが身体は反応しても、頭は、精神はどうだろうか、その対応にはかなりのタフさが必要だ。

多忙であろう松重豊が「十牛図」に気持ちが傾いていたのに驚いた。シンプルな生き方の道筋の中にこそ平面的でない深さがあり、俳優として必要なのではと足を止めた彼は、そこに自分のパーソナルな世界を希求したのだろう。

著書『あなたの牛を追いなさい』桝野俊明、松重豊共著/毎日新聞出版)はその精神世界を言語化したものだとわかる。そしてひたすらに枡野氏の話を聞き、教えてもらおうとする真摯な姿勢が対談形式としての説得力をもち、私たち読み人をこの世界に導き易くしてくれている。

単一的な芝居、人生から何処かに行こうとしている彼の姿がこの著書に垣間見える。自分の立ち位置を少しずつ(書くことやラジオなどを含め)ズラす作業を繰り返しながら、演じるという際限なく広がる世界から、今度は奥のある深いところに行こうとしているのだなと思った。

60歳になったという。彼がこれからの新しい役者というものの行き先を切り拓いてくれるような気がして、頼もしい。

著書を読みながら、映画の撮影で、まだ夜の暗闇が少し残る明け方の時間、大きな荷を背負って真冬の月山(がっさん)を登る著者の顔が思い出された。まるで深い山のふところに誘われるように霧の中に消えていった。

あの時はもう牛を追っていたのだろうか。

「シオミサンは少し頭でいろいろ考えすぎですよ、頭で……」と笑われるかもしれないが、それも良しと思っている。

【書評について】2022年10月から『サンデー毎日』の書評「遠回りの読書」を担当して、2025年4月20日号で18回目を迎えました。この度、広く皆様にお読み頂きたく、毎日新聞出版社のご厚意によって原稿を転載させて頂けることになりました。4月から毎月1回の更新でnoteに「書評」として投稿致しています。ぜひご覧ください。

(*紹介した本からの引用は〈 〉になっています)

「肋骨ポキリ」とネコくん

いつも私にはクールな態度でいるウズくん(ウチのネコ)。
先日、私は家の中で躓いて胸を打ったあとで痛くなり、病院へ。レントゲンでは大丈夫だったが血液検査でどうも内出血しているとのことで、CTを撮ると背中側の肋骨が骨折していた。しかし治療としては痛み止めとコルセット、安静でいるしかない。帰宅して暑いなか横になる。
少しウトウトしていたら、ウズくんがベッドに上がってきて顔のところにいて、目が合うと「ナオル、ニャオル……」と言っている。「エッ、治る、治る、と言ってるの?」と聞いたら、彼はシッポをピクピクさせている。私が昼間にベットで寝ていることはまずないので、彼は心配したのだろうと思うと、なんて奴なんだ、と私は少し胸がつまり、「肋骨、ポキリなんだ……」と言ったら、いつものアッソって感じで涼しいところへ飛んでいった。つづく。