この街の書店が消えた

この辺りに移り住んで30年になる。周辺の街に比べてあまり変化がなく、公園を抱えて静かで落ちついた街である。それでも贔屓の魚屋さんがなくなり、旧い銭湯も消えた。そして今月、唯一の本屋さんが閉店した。日本橋に丸善本店、ネットでの通販もできるが、急ぎでない本は、取り寄せに時間はかかるが、私はこの本屋さんに注文していた。ベストセラーの類はあまり買うことはないので、私にはある種の自分の本棚感覚で馴染みがあった。やはり寂しい。

閉店の日に寄ってみた。少しベビーカーを引いたママさんの姿が目立つくらいで、入り口のドアに小さく閉店の報せが貼ってあるだけで淡々とした最後の日だった。寂しくはあったが大げさにイベントっぽくしないところが、この街の本屋の矜持があるようで良いなと思った。月刊の文芸誌を一冊抜き出し買った。散歩の途中でフラッと本屋さんを覗き、行きつけの喫茶店で煙草を喫んで時間を過ごす、私には当たり前だったことが消えていく…。が、この普通の日常があったことは忘れないでおこうと思った。