白内障2〜横浜港

午前中に最後の検査を終えて、病院の最上階にあるレストランラウンジに行った。少しRがかかった全面ガラスの窓からは横浜港の全景が眺望できた。
その景色を眺めていたら、私は50年以上も前にヨーロッパをバックパッカーとして旅をしていて、シベリア鉄道でナホトカから船に乗った帰国の途の最後に横浜港が現れた、あの景色を思い出した。
一般的な社会のレールを外れていた私はその時23歳になっていたが、帰国したら落ち着いて何かをやらなければと、また、自分は何でもできる…とも思いながら船のデッキに立ち、この横浜港に呑み込まれるように帰ってきた、あまりに若く、そして苦い旅の終わりの景色であった。

あれから50年、私は老い、そして白内障の手術を終え、あの日と同じ横浜港を見ている。あの日、たった一人で船上から眺めていた景色は寂しくもあったが、今は私を支えてくださる人たちもいて、残された人生を思い、それ故の身体のメンテナンスなのだ、と思う気持ちが私を心強くする。

薄曇り空と濃い青の海を一文字に区切るかのような横浜港に少しばかり射す陽が綺麗で、一瞬、この病院が港に停泊する船にも思えて、胸にくるものがあった。

私はこの景色を「新しくなった眼」に刻みつけようといつまでもいつまでも、眺めていた。