星野源君のこと、ダ・ヴィンチ「いのちの車窓から」に寄せて

忘れられない撮影の日々。二年前、父と子として出逢い交わした台詞、あんなに温かくフラットに居られ、芝居ってこんなに楽しいものなのか、と思わせてくれた星野君。その時のことは、以前に私のホームぺージでも書きましたが、親子の台詞の間に挟まれた、貴方の優しくて強い「だったら、生きろよ…」「生きてくれよ…」のアドリブは今も私の胸の奥に深く残っています。

スタジオ前のソファーに座って語り合った静かな安らかで大切な時間。植木等さんとの社食のエピソードは、やはりドラマの地方ロケで御一緒したクレージーキャッツのワンちゃんこと犬塚弘さんにしか話していない。星野君も犬塚さんも神妙に聞いてくれ、深く頷いてくれた。単なる笑い話ではない、人間の人格というか品格というものの話なのだということがわかりあえた気がして、それが嬉しかったです。

初めて会って、歳もすごく離れているのに友達になってくれた星野君。私は今も本番前には、目を瞑り何かに祈っています。こうして星野君のエッセイを読むと、あの撮影現場が幻ではなかったのだと思い、その二人の間に在った時間と空気感に「ありがとう、ありがとう」の気持ちです。

NHK大河ドラマ「いだてん」2019年

昨年11月、NHK大河ドラマ「いだてん」に犬養毅首相の役でとのオファーがきた。

宮藤官九郎さんの脚本、6年前にやったあの朝ドラ「あまちゃん」のメインのスタッフクルーだ。この身体で皆に逢えた。やはり、ある感慨があった。

本番前日のリハーサル。P訓覇、D井上、桑野、一木、大根諸氏。俳優は、主役である阿部サダヲさん、高橋是清役の萩原健一さん、犬養毅役の私の三人。

気の入ったリハーサルだった。萩原さんは昔、神代辰巳監督の映画でご一緒したことがあった。リハーサルでの彼は、監督達との打合せは念入りで、その度に台本にキッチリと何かを書き込んでおられた。次の日の本番、宮藤さんの世界を知り尽くした阿部さんに私は任せた。萩原さんには何とも言えない色気があった。

残りのシーンは年が明けて今年の撮影であった。私の回は資料も残っている宰相・犬養毅であり、桑野君の演出で上手くリードしてもらった。本番中はセットに井上Dも居てくれて見守っていてくれ、メイクの馬場さん、カメラの佐々木さん、衣裳は私の映画デビュー時の宮本まさ江さん。皆の気を吹き込んでもらい何とか精一杯を出せたと思う。宮藤さんの書かれた「いだてん」の中で犬養毅という人の輪郭に迫れることが出来たと思う。

さすがに、私のラストシーンが撮了した時は胸が締め付けられ少し泣いた。宮藤官九郎さんのクオリティのある良い作品を作っている気概と、物語というものに立ち向かう姿勢、ガッツにあふれた、「あまちゃん」の時と変わらずカッケースタッフだった。

そして、ご一緒した萩原健一さんのご冥福を心から祈る。

 

2018年 ドラマ「この世界の片隅に」この夏の日々を思う

連日の猛暑の中、オープンセットに実物大に作られた井戸の前に座っている。季節は冬のシーン。私の前を冬衣装の径子さんが走り抜ける。テストから全力の走りを何度も繰り返す、尾野真千子さん。引き返して私、爺ちゃんの前に来た時は額には玉の汗、息切れも本物である。

物語を撮っているのは無論のことだが、監督、スタッフはその生きている人間の汗、命の営みを繰り返して撮っている。生きている人間はうまく、きれいには割り切れない。その割り切れない奇数がために、俳優も監督スタッフも身体を使い削る。すずさんたち女の人たちの心の動き、日常生活を全9話、約10時間の放送で、撮影はこの夏の途方もない時間とディレクションの作業の背後がある。生活を生活者の細部を描くということは、その映らなかったものも含めた、俳優、スタッフ、制作者たちの時間と作業の賜物である。そうして、私たちは見知らぬ世界を、そして見知らぬ他者を知る。この作業と労力が、エンターテイメントとしてのテレビドラマが作品と呼ばれていくもののすべてだと思う。

台本の現代編に香川京子さんの名前を見た時は驚き、そして喜びと同時に、このドラマをより緊張感を持って演らねばと思った。小津安二郎、黒澤明監督らの映画のミューズ、香川京子。私も映画で一度共演させてもらいました。その品格と静けさ。ドラマ「この世界の片隅に」における香川京子さんのリアルな身体性と存在は、あの時代を、戦中戦後を実際に生きてこられた人が登場することでドラマにより深い真実味をもたらす。

この暑い夏の日々に、「この世界の片隅に」をこのセットの片隅で、あの時代を生きた人たちへの畏怖と敬意を持って懸命にドラマに捧げるスタッフと共演者を私はリスペクトし、一員であることを誇りに思う。